先日、ある人の車に乗せてもらったときのこと。
カセットデッキでかけられたのは熊本県にある幣立神宮の宮司さんのお話だった。
その中で印象的なフレーズが耳に飛び込んできた。
「鏡(かがみ)というのは神(かみ)に我(が)の入ったものです。」と。
そうか…では、鏡に映る姿のその自分は我の入った神ということなのか?
自らの中に神性はあるもののそれを見いだせないでいるのは我があるためなのかもしれない。
なんとなくそう思った。
カセットデッキでかけられたのは熊本県にある幣立神宮の宮司さんのお話だった。
その中で印象的なフレーズが耳に飛び込んできた。
「鏡(かがみ)というのは神(かみ)に我(が)の入ったものです。」と。
そうか…では、鏡に映る姿のその自分は我の入った神ということなのか?
自らの中に神性はあるもののそれを見いだせないでいるのは我があるためなのかもしれない。
なんとなくそう思った。
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