今日もこのブログを訪問して下さりありがとうございます!

===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!

===========================================


昔、「モンドセレクション金賞受賞!」というラベルを誇らしげに貼ったお菓子が、
よく売られていた。そして懐かしい。
(若い人にはなんのこっちゃ?のワードかもしれないけれど💦)
よく売られていた。そして懐かしい。
(若い人にはなんのこっちゃ?のワードかもしれないけれど💦)
あの頃の僕は、「世界で一番のお菓子なんだろうな」と、
何の疑いもなく思っていた。
何の疑いもなく思っていた。
「金賞」という響きには、それくらいの力がある。
金賞と聞けば、唯一無二の存在。
たくさんのライバルを打ち負かして頂点に立った証。
そんなイメージを、僕は勝手に抱いていた。
しかし、後になってモンドセレクションの仕組みを知った。
順位を競うコンテストではなく、
一定の評価基準を満たした製品に与えられる品質評価制度だった。
一定の評価基準を満たした製品に与えられる品質評価制度だった。
つまり、金賞は一つではなかったのだ。
応募には審査料が必要で、審査を受けて、基準を満たせば金賞などの評価を受けることができる。
申請してどれくらいが落選するのかというと「落選率10%〜15%」だというのだから…
申請してどれくらいが落選するのかというと「落選率10%〜15%」だというのだから…
8割、9割は…ということになる。
その事実を知ったとき、
驚いたのはモンドセレクションではなかった。
驚いたのはモンドセレクションではなかった。
驚いたのは、自分自身だった。
誰に教えられたわけでもない。
広告が「世界一」と言っていたわけでもない。
それなのに僕は、「金賞」という二文字だけで、
「最高」「唯一」「世界一」
という物語を頭の中で勝手に作り上げていたのだ。
「最高」「唯一」「世界一」
という物語を頭の中で勝手に作り上げていたのだ。
考えてみれば、賞というものは名前だけでは価値はわからない。
どれほど権威のある賞なのか。
何を基準に評価されたのか。
どれだけの応募があり、その中で選ばれたのか。
そうした背景を知らなければ、その賞の重みは判断できない。
極端な話、その「金賞」は参加者が三人しかいない審査で、一位になっただけかもしれない。
もちろん、それが悪いと言いたいわけではない。
問題なのは、「金賞」という言葉だけを見て、勝手に壮大なストーリーを頭の中で作ってしまう、僕たちの思い込みだ。
思い込みは、本当に面白い。
事実を見ているつもりでも、実際には言葉から受ける印象で、見えていない部分を自分で埋めてしまう。
そして、その想像が、いつの間にか「事実」になってしまう。
今回、モンドセレクションのことを思い出して、改めて感じた。
僕が見直すべきだったのは、モンドセレクションではない。
「金賞」という二文字から、実態以上の価値を勝手に作り上げてしまう、自分の頭の働きだった。
意外に、こういうことは世の中にたくさんあるのかもしれない。
===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!
===========================================


コメント