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美輪明宏さんが91歳で亡くなられた。
日曜日、ネットニュースの速報で知った。
最後の言葉は、
「ありがとう」
だったそうだ。
「ああ、やっぱり美輪さんらしい最期だな」と思った。
僕は若い頃、美輪さんの著書を何冊も読んだ。
「紫の履歴書」とか…
人生とは何か。
人はどう生きるべきか。
愛とは何か。
そんなことを、美輪さんの本からずいぶん学ばせてもらった。
もちろん、その頃の僕には理解できなかったことも多い。
でも年齢を重ねた今になって、
「あの時、美輪さんが言いたかったのはこういうことだったのかなぁ」
と思うことがある。
実は僕には、美輪さんとのちょっとしたエピソードがある。
もう三十年も前のことだ。
当時、あるスピリチュアルグループの人たちと一緒に、とある宝石店を訪れたことがあった。
そこには「波動」を測るという機械があって、自分が持ち込んだものとの相性を無料で測ってくれる、月に何度だったか、そんな催しがあった。
もともとは、宝石店で宝石を買うお客さん向けの機械なのだけど。
自分に合ったダイヤモンドが見つかると、波動測定器の数値が一番良い状態(50)になるというものだった。(のちのち僕はこのお店で婚約指輪を買うことになる…)
ダイヤモンドを買わないお客さんにも、ダイヤモンドとの波動の相性を測ってもらえた。
その日、グループの一人があれこれ持ち込んだアイテムを測定していたけれど、なかなかいい数値にならなかった。
すると、その宝石店を経営する社長とその奥様の友達で、たまたまお店に訪れていた美輪さんがその人の肩に、そっと手を添えた。
その瞬間、それまでとは打って変わって、その機械が最高の状態(50)を示した。
僕はその場で、その光景を見ていた。
それがどういう現象だったのかはわからないが、正直に「わー、すごいな」と思った。
不思議な出来事だったことだけは間違いない。
驚く一同に、
「当たり前よ」
って言っていた。
今でも、あの時のことを覚えている。
でも、実はあの日、一番印象に残ったのは、その出来事ではなかった。
美輪さんが、静かにこんな話をされたことだった。
「私は本当は、こんなところに生まれてくるはずの魂じゃないの。本来なら、この世界に生まれてくる必要はなかった。でもね、世直しをするために、この世に生まれてきたの。菩薩の魂だから…」
そんな話をされていた。
でも、あれから何十年も経ち、美輪さんの歩んできた人生を思い返すと、不思議とあの日の言葉が重なってくる。
信じるか信じないかは、人それぞれだと思うけれど。
ただ、僕はその場で、その言葉をこの耳で聞き、そして今でも忘れることができない。
戦争、ましてや原爆の惨禍を経験し、差別や偏見とも闘い、数え切れないほどの苦労をされてきた美輪さん。
その長い人生の最後に残した言葉が、「ありがとう」だった。
その一言には、きっと僕なんかには想像もできない重みがあるのだろう。
そして昨日。
車を運転していると、ラジオで美輪さんを追悼するコーナーが始まった。
そこで流れたのが、「ヨイトマケの唄」。
しかも、最初から最後までフルコーラスで流されていて、
運転しながら、僕はただ黙って聴いていた。
とーちゃんのらためならエンヤーコラァ
子供のためならエンヤーコラァ…
母親というもの、
わが子を思う愛。
その歌の意味は、昔からわかっていたつもりだ。
でも、昨日は…
一つひとつの歌詞が、これまで以上に胸に沁みた。
苦労、苦労で死んでった、
かーちゃんみてくれ、
この姿…
気が付くと、じわっと涙が出ていた。
涙が出たのは、あの歌詞に込められた言葉、そしてあの歌声の力なのだろう。
きっと、あの歌には、僕の琴線に触れる何かがあるのだと思う。
美輪さんの訃報に接し、ふと昔の出来事を思い出した。
そして久しぶりに、美輪さんの本を読み返してみようかな…
そんな気持ちにもなった。
あの日の言葉も、「ありがとう」という最後の一言も、今ならわかるような気がしている。
美輪明宏さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
合掌。
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美輪明宏さんが91歳で亡くなられた。
日曜日、ネットニュースの速報で知った。
最後の言葉は、
「ありがとう」
だったそうだ。
「ああ、やっぱり美輪さんらしい最期だな」と思った。
僕は若い頃、美輪さんの著書を何冊も読んだ。
「紫の履歴書」とか…
人生とは何か。
人はどう生きるべきか。
愛とは何か。
そんなことを、美輪さんの本からずいぶん学ばせてもらった。
もちろん、その頃の僕には理解できなかったことも多い。
でも年齢を重ねた今になって、
「あの時、美輪さんが言いたかったのはこういうことだったのかなぁ」
と思うことがある。
実は僕には、美輪さんとのちょっとしたエピソードがある。
もう三十年も前のことだ。
当時、あるスピリチュアルグループの人たちと一緒に、とある宝石店を訪れたことがあった。
そこには「波動」を測るという機械があって、自分が持ち込んだものとの相性を無料で測ってくれる、月に何度だったか、そんな催しがあった。
もともとは、宝石店で宝石を買うお客さん向けの機械なのだけど。
自分に合ったダイヤモンドが見つかると、波動測定器の数値が一番良い状態(50)になるというものだった。(のちのち僕はこのお店で婚約指輪を買うことになる…)
ダイヤモンドを買わないお客さんにも、ダイヤモンドとの波動の相性を測ってもらえた。
その日、グループの一人があれこれ持ち込んだアイテムを測定していたけれど、なかなかいい数値にならなかった。
すると、その宝石店を経営する社長とその奥様の友達で、たまたまお店に訪れていた美輪さんがその人の肩に、そっと手を添えた。
その瞬間、それまでとは打って変わって、その機械が最高の状態(50)を示した。
僕はその場で、その光景を見ていた。
それがどういう現象だったのかはわからないが、正直に「わー、すごいな」と思った。
不思議な出来事だったことだけは間違いない。
驚く一同に、
「当たり前よ」
って言っていた。
今でも、あの時のことを覚えている。
でも、実はあの日、一番印象に残ったのは、その出来事ではなかった。
美輪さんが、静かにこんな話をされたことだった。
「私は本当は、こんなところに生まれてくるはずの魂じゃないの。本来なら、この世界に生まれてくる必要はなかった。でもね、世直しをするために、この世に生まれてきたの。菩薩の魂だから…」
そんな話をされていた。
でも、あれから何十年も経ち、美輪さんの歩んできた人生を思い返すと、不思議とあの日の言葉が重なってくる。
信じるか信じないかは、人それぞれだと思うけれど。
ただ、僕はその場で、その言葉をこの耳で聞き、そして今でも忘れることができない。
戦争、ましてや原爆の惨禍を経験し、差別や偏見とも闘い、数え切れないほどの苦労をされてきた美輪さん。
その長い人生の最後に残した言葉が、「ありがとう」だった。
その一言には、きっと僕なんかには想像もできない重みがあるのだろう。
そして昨日。
車を運転していると、ラジオで美輪さんを追悼するコーナーが始まった。
そこで流れたのが、「ヨイトマケの唄」。
しかも、最初から最後までフルコーラスで流されていて、
運転しながら、僕はただ黙って聴いていた。
とーちゃんのらためならエンヤーコラァ
子供のためならエンヤーコラァ…
母親というもの、
わが子を思う愛。
その歌の意味は、昔からわかっていたつもりだ。
でも、昨日は…
一つひとつの歌詞が、これまで以上に胸に沁みた。
苦労、苦労で死んでった、
かーちゃんみてくれ、
この姿…
気が付くと、じわっと涙が出ていた。
涙が出たのは、あの歌詞に込められた言葉、そしてあの歌声の力なのだろう。
きっと、あの歌には、僕の琴線に触れる何かがあるのだと思う。
美輪さんの訃報に接し、ふと昔の出来事を思い出した。
そして久しぶりに、美輪さんの本を読み返してみようかな…
そんな気持ちにもなった。
あの日の言葉も、「ありがとう」という最後の一言も、今ならわかるような気がしている。
美輪明宏さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
合掌。
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