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今日から7月ですよ…。
今年の半分が過ぎ去りました。
言うまいと思いながら言ってしまう、
なんて時が経つのはこうも早いの、って😅
日々がこんな感じなのだから、
時代の移ろいだって、
気づけばあっという間なのかもしれないな。
なんて…
さて、これも時代が変わった顕れのかなぁ🤔
なんて思う話。
なんとなくネットニュースを見ていて、見かけたタイトル。
過去の記事なのだろうけど、
思わず目を引かれてしまった。
「食べる前のソフトクリームを落としてしまった息子。交換を依頼すると『新しいものを買ってください』と言われました。わざとではないのに、理不尽すぎませんか?」
記事を読む前から、僕は「ん?」と思った。
いやいや、理不尽なのはお店なのだろうか?って。
むしろ僕には、そんなふうに考える親のほうが、よほど理不尽に思えてしまった。
僕だったら、お店に交換をお願いしようとはまず思わない。
だって、落としてしまった原因は、お店にはないのだから。
もちろん、小さな子どもがソフトクリームを落としてしまうことはある。
それは責めるようなことではないし、まぁ「かわいそうだな」とは思う。
でも、「かわいそうだから、新しいものをください」という話になると、それは違うように思う。
もし店員さんが「もう一つどうぞ」と言ってくれたなら、それは店員さんの優しさだ。
ありがたく「ありがとうございます」と受け取ればいい。
でも、その優しさを最初から期待したり、受けられないことを「理不尽」と言ってしまうのには、違和感がある。
僕は思う。
世の中には、「してもらって当たり前」のことなんて、そうそうない。
誰かが席を譲ってくれること。
店員さんが笑顔で接客してくれること。
困っている人に手を差し伸べてくれること。
そんな一つひとつは、
人の善意で成り立っていることが多いのだと思う。
だからこそ、
その善意に出会えたら感謝したい。
出会えなかったからといって、
責めるものではないと思う。
善意が「権利」に変わった瞬間、
人は感謝を忘れる。
そして感謝がなくなれば、
善意もまた少しずつ姿を消していく。
そんな世の中は、寂しい。
だから僕は、この話を単なるソフトクリーム一つの出来事だとは思わない。
これは、大人が子どもに何を見せるのかという話であり、
僕たちがどんな社会を築いていきたいのかという話でもある。
「してもらえなかったこと」を数えるより、
「してもらえたこと」を覚えていたい。
世の中は、権利だけでは回らないもの。
そして、もし自分が誰かに親切をする側になったとき、その善意が「当たり前」ではなく、「ありがとう」と受け取られる社会であってほしい。
ちなみに、
外国人旅行者が、日本に来てまず感じる事は、「人がとても親切」。
他国に比べて、びっくりするくらい親切なのだそう。
僕は、これは誇れる日本の文化の一つなのだと思う。
時代は変わっていく。
でも、こういうところだけは、
あまり変わってほしくないな。
僕はそう思う。
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今日から7月ですよ…。
今年の半分が過ぎ去りました。
言うまいと思いながら言ってしまう、
なんて時が経つのはこうも早いの、って😅
日々がこんな感じなのだから、
時代の移ろいだって、
気づけばあっという間なのかもしれないな。
なんて…
さて、これも時代が変わった顕れのかなぁ🤔
なんて思う話。
なんとなくネットニュースを見ていて、見かけたタイトル。
過去の記事なのだろうけど、
思わず目を引かれてしまった。
「食べる前のソフトクリームを落としてしまった息子。交換を依頼すると『新しいものを買ってください』と言われました。わざとではないのに、理不尽すぎませんか?」
記事を読む前から、僕は「ん?」と思った。
いやいや、理不尽なのはお店なのだろうか?って。
むしろ僕には、そんなふうに考える親のほうが、よほど理不尽に思えてしまった。
僕だったら、お店に交換をお願いしようとはまず思わない。
だって、落としてしまった原因は、お店にはないのだから。
もちろん、小さな子どもがソフトクリームを落としてしまうことはある。
それは責めるようなことではないし、まぁ「かわいそうだな」とは思う。
でも、「かわいそうだから、新しいものをください」という話になると、それは違うように思う。
もし店員さんが「もう一つどうぞ」と言ってくれたなら、それは店員さんの優しさだ。
ありがたく「ありがとうございます」と受け取ればいい。
でも、その優しさを最初から期待したり、受けられないことを「理不尽」と言ってしまうのには、違和感がある。
僕は思う。
世の中には、「してもらって当たり前」のことなんて、そうそうない。
誰かが席を譲ってくれること。
店員さんが笑顔で接客してくれること。
困っている人に手を差し伸べてくれること。
そんな一つひとつは、
人の善意で成り立っていることが多いのだと思う。
だからこそ、
その善意に出会えたら感謝したい。
出会えなかったからといって、
責めるものではないと思う。
善意が「権利」に変わった瞬間、
人は感謝を忘れる。
そして感謝がなくなれば、
善意もまた少しずつ姿を消していく。
そんな世の中は、寂しい。
だから僕は、この話を単なるソフトクリーム一つの出来事だとは思わない。
これは、大人が子どもに何を見せるのかという話であり、
僕たちがどんな社会を築いていきたいのかという話でもある。
「してもらえなかったこと」を数えるより、
「してもらえたこと」を覚えていたい。
世の中は、権利だけでは回らないもの。
そして、もし自分が誰かに親切をする側になったとき、その善意が「当たり前」ではなく、「ありがとう」と受け取られる社会であってほしい。
ちなみに、
外国人旅行者が、日本に来てまず感じる事は、「人がとても親切」。
他国に比べて、びっくりするくらい親切なのだそう。
僕は、これは誇れる日本の文化の一つなのだと思う。
時代は変わっていく。
でも、こういうところだけは、
あまり変わってほしくないな。
僕はそう思う。
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