今日もこのブログを訪問して下さりありがとうございます!

88_31   このエントリーをはてなブックマークに追加



今日から7月ですよ…。

今年の半分が過ぎ去りました。

言うまいと思いながら言ってしまう、
なんて時が経つのはこうも早いの、って😅

日々がこんな感じなのだから、
時代の移ろいだって、
気づけばあっという間なのかもしれないな。
なんて…

さて、これも時代が変わった顕れのかなぁ🤔
なんて思う話。

なんとなくネットニュースを見ていて、見かけたタイトル。

過去の記事なのだろうけど、
思わず目を引かれてしまった。

「食べる前のソフトクリームを落としてしまった息子。交換を依頼すると『新しいものを買ってください』と言われました。わざとではないのに、理不尽すぎませんか?」

記事を読む前から、僕は「ん?」と思った。

いやいや、理不尽なのはお店なのだろうか?って。

むしろ僕には、そんなふうに考える親のほうが、よほど理不尽に思えてしまった。

僕だったら、お店に交換をお願いしようとはまず思わない。
だって、落としてしまった原因は、お店にはないのだから。

もちろん、小さな子どもがソフトクリームを落としてしまうことはある。
それは責めるようなことではないし、まぁ「かわいそうだな」とは思う。

でも、「かわいそうだから、新しいものをください」という話になると、それは違うように思う。

もし店員さんが「もう一つどうぞ」と言ってくれたなら、それは店員さんの優しさだ。
ありがたく「ありがとうございます」と受け取ればいい。

でも、その優しさを最初から期待したり、受けられないことを「理不尽」と言ってしまうのには、違和感がある。


僕は思う。
世の中には、「してもらって当たり前」のことなんて、そうそうない。

誰かが席を譲ってくれること。
店員さんが笑顔で接客してくれること。
困っている人に手を差し伸べてくれること。

そんな一つひとつは、
人の善意で成り立っていることが多いのだと思う。

だからこそ、
その善意に出会えたら感謝したい。

出会えなかったからといって、
責めるものではないと思う。

善意が「権利」に変わった瞬間、
人は感謝を忘れる。

そして感謝がなくなれば、
善意もまた少しずつ姿を消していく。

そんな世の中は、寂しい。

だから僕は、この話を単なるソフトクリーム一つの出来事だとは思わない。

これは、大人が子どもに何を見せるのかという話であり、
僕たちがどんな社会を築いていきたいのかという話でもある。

「してもらえなかったこと」を数えるより、
「してもらえたこと」を覚えていたい。

世の中は、権利だけでは回らないもの。

そして、もし自分が誰かに親切をする側になったとき、その善意が「当たり前」ではなく、「ありがとう」と受け取られる社会であってほしい。

ちなみに、
外国人旅行者が、日本に来てまず感じる事は、「人がとても親切」。
他国に比べて、びっくりするくらい親切なのだそう。

僕は、これは誇れる日本の文化の一つなのだと思う。

時代は変わっていく。

でも、こういうところだけは、
あまり変わってほしくないな。

僕はそう思う。

===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!

88_31   このエントリーをはてなブックマークに追加
===========================================