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本当はうるさかった。
でも、そのうるささに気がつかなかった。
エアコンのスイッチを切ってみる。
すると、
「あれぇ…なんだ、この静寂は」
となる。
さっきまで当たり前に聞こえていた送風ファンの音。
脳は、その音を「ないもの」にしてくれている。
だから気にならない。
でも、本当になかったわけじゃない。
きっと、どこかではずっと聞いていたのだ。
だからこそ、止まった瞬間の静けさが、こんなにも心地いい。
つけっぱなしのテレビも同じ。
誰も見ていないのに、なんとなくついている。
そのうち音は空気みたいな存在になってしまう。
でも消してみると、
「ああ、こんなに静かだったのか…」
と気づく。
実は、「思考」も同じなのかもしれない。
気がつくと、何かを考えている。
仕事のこと。
誰かのこと。
過去のこと。
まだ来てもいない未来のこと。
次から次へと浮かんできては、その思考に飲み込まれている。
その最中は、自分が考え事をしていることにさえ気づいてはいない。
でも、ふと我に返る瞬間がある。
「あ、また考えていたな」
そう気づく。
そして、自分の思考が浮かんでは消えていくのを眺めている自分に戻る。
そこでは、驚くほど静かなのだ。
エアコンの音が消えたわけじゃない。
消えたのは、スイッチを切ったから。
思考も同じなのかなと思う。
考え事がなくなったわけじゃない。
その思考を見ている自分に戻っただけ。
すると、さっきまであれほど騒がしかった頭の中に、静けさが戻ってくる。
そう考えると、思考というのもエアコンの送風ファンみたいなものなのかもしれない。
あまりに当たり前に動いているから、
その騒がしさに気づかない。
でも、ふと静かになる瞬間、
「ああ、こっちだった。」
そんなふうに思う。
その静けさは、どこか特別な場所にあるわけじゃない。
気づいていない時間が多いだけで、
本当はいつだってそこにある。
エアコンを止めて、
そんなことを思った。
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本当はうるさかった。
でも、そのうるささに気がつかなかった。
エアコンのスイッチを切ってみる。
すると、
「あれぇ…なんだ、この静寂は」
となる。
さっきまで当たり前に聞こえていた送風ファンの音。
脳は、その音を「ないもの」にしてくれている。
だから気にならない。
でも、本当になかったわけじゃない。
きっと、どこかではずっと聞いていたのだ。
だからこそ、止まった瞬間の静けさが、こんなにも心地いい。
つけっぱなしのテレビも同じ。
誰も見ていないのに、なんとなくついている。
そのうち音は空気みたいな存在になってしまう。
でも消してみると、
「ああ、こんなに静かだったのか…」
と気づく。
実は、「思考」も同じなのかもしれない。
気がつくと、何かを考えている。
仕事のこと。
誰かのこと。
過去のこと。
まだ来てもいない未来のこと。
次から次へと浮かんできては、その思考に飲み込まれている。
その最中は、自分が考え事をしていることにさえ気づいてはいない。
でも、ふと我に返る瞬間がある。
「あ、また考えていたな」
そう気づく。
そして、自分の思考が浮かんでは消えていくのを眺めている自分に戻る。
そこでは、驚くほど静かなのだ。
エアコンの音が消えたわけじゃない。
消えたのは、スイッチを切ったから。
思考も同じなのかなと思う。
考え事がなくなったわけじゃない。
その思考を見ている自分に戻っただけ。
すると、さっきまであれほど騒がしかった頭の中に、静けさが戻ってくる。
そう考えると、思考というのもエアコンの送風ファンみたいなものなのかもしれない。
あまりに当たり前に動いているから、
その騒がしさに気づかない。
でも、ふと静かになる瞬間、
「ああ、こっちだった。」
そんなふうに思う。
その静けさは、どこか特別な場所にあるわけじゃない。
気づいていない時間が多いだけで、
本当はいつだってそこにある。
エアコンを止めて、
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