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関東甲信越、
梅雨入りしたのだとか。
鬱陶しい季節の始まり、
そう思う人も多いのだろう。
その先には夏が待っていて、
今度は暑いだの暑すぎるだのときっと言い始める。
季節は変わるたびに文句を言われている気もするけれど、
たぶん、それぞれに良いところもある。
結局のところ、
見える景色は立ち位置次第なのかもしれない。
さて…
サッカー日本代表がワールドカップに向けてのキャンプ地アメリカへ出発したらしい。
ニュースでは空港の様子が流れ、
今から、期待だの悲願だの決戦だの、
そんな言葉が並ぶ。
たぶん世間的にはそれなりに大きな話題なのだろう。
だけど僕は、
もともとサッカーに興味がない。
野球についても然り。
だから正直なところ、日本代表が出発したと言われても「へぇ、そうなんだ」くらいの感想しかない。
長友選手が、大きな日の丸と闘魂と書かれた鉢巻きをして写っている。
浮いてるな…
でも、盛り上げキャラのお役目お疲れ様…😅
ってな感じで見ている僕
もちろん、そういう話をすると、
「でも実際に試合が始まったら応援しちゃうんでしょ?」
とか、それが当たり前のように、言われたりもする。
確かにそういう人は多いのかと思う。
普段はルールも知らないのに、
ワールドカップになると気になる、
オリンピックになると見てしまう。
そして日本が勝つと嬉しい。
それはそれで自然なことなのかもしれない。
ただ、僕にはどうもその感覚が薄い。
日本代表が勝っても負けても、あまり気持ちが動かない。
いや、べつに、負けろと思っているわけではない。
勝てば選手たちは嬉しいだろうし、それは良かったね、と思う。
でも、自分のことのようには感じないのだ。
考えてみると、
これはナショナリズムと呼ばれるものなのかもしれない。
同じ国の人だから応援する。
同じ国だから一緒に喜ぶ。
という、
そういう感覚。
僕の中にも全くないわけではないのだろうけれど、少なくともスポーツの国際大会ではあまり発動しないらしい。
むしろ僕は、「みんなが盛り上がっているから自分も盛り上がる」ということが昔から苦手なたちだ。
行列ができている店を見ても特に並びたくならないし、話題の映画だから見たいとも思わない。
世間が右を向いているときに左を向きたいわけでもない。
ただ、自分の向きたい方向を向いていたら、
たまたま違う方向だったという感じなのだ。だいたい…
だから日本代表のニュースを見ても、
「頑張れ!」
ではなく、
「期待を背負って頑張るんだな…」
で終わる。
冷たいのかもしれない。
でも、無理に熱くなろうとしても仕方がないし、実際になれない。
応援する自由があるなら、応援しない自由もあるはずだ。
世の中が盛り上がっていると、自分もその輪に入らなければいけないような気がすることがある。
だけど、別にそんなこともない。
興味がある人は楽しめばいい。
僕は僕で別のことを考えている。
それだけの話なのかな、
と思う。
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関東甲信越、
梅雨入りしたのだとか。
鬱陶しい季節の始まり、
そう思う人も多いのだろう。
その先には夏が待っていて、
今度は暑いだの暑すぎるだのときっと言い始める。
季節は変わるたびに文句を言われている気もするけれど、
たぶん、それぞれに良いところもある。
結局のところ、
見える景色は立ち位置次第なのかもしれない。
さて…
サッカー日本代表がワールドカップに向けてのキャンプ地アメリカへ出発したらしい。
ニュースでは空港の様子が流れ、
今から、期待だの悲願だの決戦だの、
そんな言葉が並ぶ。
たぶん世間的にはそれなりに大きな話題なのだろう。
だけど僕は、
もともとサッカーに興味がない。
野球についても然り。
だから正直なところ、日本代表が出発したと言われても「へぇ、そうなんだ」くらいの感想しかない。
長友選手が、大きな日の丸と闘魂と書かれた鉢巻きをして写っている。
浮いてるな…
でも、盛り上げキャラのお役目お疲れ様…😅
ってな感じで見ている僕
もちろん、そういう話をすると、
「でも実際に試合が始まったら応援しちゃうんでしょ?」
とか、それが当たり前のように、言われたりもする。
確かにそういう人は多いのかと思う。
普段はルールも知らないのに、
ワールドカップになると気になる、
オリンピックになると見てしまう。
そして日本が勝つと嬉しい。
それはそれで自然なことなのかもしれない。
ただ、僕にはどうもその感覚が薄い。
日本代表が勝っても負けても、あまり気持ちが動かない。
いや、べつに、負けろと思っているわけではない。
勝てば選手たちは嬉しいだろうし、それは良かったね、と思う。
でも、自分のことのようには感じないのだ。
考えてみると、
これはナショナリズムと呼ばれるものなのかもしれない。
同じ国の人だから応援する。
同じ国だから一緒に喜ぶ。
という、
そういう感覚。
僕の中にも全くないわけではないのだろうけれど、少なくともスポーツの国際大会ではあまり発動しないらしい。
むしろ僕は、「みんなが盛り上がっているから自分も盛り上がる」ということが昔から苦手なたちだ。
行列ができている店を見ても特に並びたくならないし、話題の映画だから見たいとも思わない。
世間が右を向いているときに左を向きたいわけでもない。
ただ、自分の向きたい方向を向いていたら、
たまたま違う方向だったという感じなのだ。だいたい…
だから日本代表のニュースを見ても、
「頑張れ!」
ではなく、
「期待を背負って頑張るんだな…」
で終わる。
冷たいのかもしれない。
でも、無理に熱くなろうとしても仕方がないし、実際になれない。
応援する自由があるなら、応援しない自由もあるはずだ。
世の中が盛り上がっていると、自分もその輪に入らなければいけないような気がすることがある。
だけど、別にそんなこともない。
興味がある人は楽しめばいい。
僕は僕で別のことを考えている。
それだけの話なのかな、
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