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唐突だけど、
職場にて、
後輩くんから、
「ナリキンって、よく聞きますけど、アレなんなんですか?」
って、聞かれた。
僕は、周囲にいた同僚に、
「わかるよね😅」という意味を込めて聞いてみた。ら…
「いや、なんとなくはわかります。いやらしい金持ちみたいな…」
「聞きますけど、由来はわからないですけど…」
みたいな反応だった。
べつに「ナリキン」なんて、
由来知らなくても困らないけどね…
「ナリキン」とか「ナリキン趣味」とかいう言葉があるけれど、
「ナリキン」の本当の意味を知らない人がけっこういたことにビックリした。
将棋の「歩」が成って「と金」、
つまり「金」になるところから来ている言葉なのだけど。
そう聞いても、
何のことやら?
という人もいるみたい。
将棋では、歩兵(歩)が敵陣に入って成ると「と金(ときん)」になる。
見た目は本物の金将ではないのだけど、
動き方は金将と同じになるわけね。
そこから転じて、
にわかに金持ちになった人。
もともとは普通だったのに、
財産を得て羽振りが良くなった人。
そんな意味で使われるようになったらしい。
つまり、
「将棋の歩が成って金になるように、
にわかにお金持ちになった人」
というのが語源ということになる。
だから「成金」という言葉には、
最初から少し皮肉っぽい響きが含まれている。
「成功者」とか「資産家」とかとは、
明らかにニュアンスが違う。
むしろ、
急に金を持った人。
分不相応に派手になった人。
そんな見方がどこかに混じっている。
だから褒め言葉ではない。
場合によっては、
言う側のやっかみや、
見下しみたいな感情まで含まれていることもあるのだろう。
ところで、
子どもの頃には、
将棋というのは避けて通れないものでもあったような気がする。
友達の家へ行けば将棋盤があったし、
学校にもあったし、
実際に将棋を差しもした。
ルールはよく分からなくても、
駒の名前くらいは自然に覚えたものだった。
だから「成金」という言葉も、
語源まで知らなくても、
なんとなくイメージできたのかもしれない。
だけど今は時代が違う。
ゲーム機もあるし、
スマホもあるし、
YouTubeもある、
サブスク動画だってある。
子どもたちの興味を引くものが、
それこそ山ほどある。
将棋なんて、
好きな人は好きだろうけれど、
昔みたいに誰もが触れるものではなくなった。
もはや通過儀礼でもなんでもない。
そう考えると、
「成金」の意味を知らない人が増えていても、
別に不思議なことではないのだろう。
驚いていたのだけど、
よく考えたら、
驚くべきなのは相手ではなくて、
自分のほうなのかもしれない。
当たり前に知っていると思っていたことが、
もう当たり前ではなくなっている。
そんなところに、
時代の流れを感じてしまったのだった。
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って、聞かれた。
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「いや、なんとなくはわかります。いやらしい金持ちみたいな…」
「聞きますけど、由来はわからないですけど…」
みたいな反応だった。
べつに「ナリキン」なんて、
由来知らなくても困らないけどね…
「ナリキン」とか「ナリキン趣味」とかいう言葉があるけれど、
「ナリキン」の本当の意味を知らない人がけっこういたことにビックリした。
将棋の「歩」が成って「と金」、
つまり「金」になるところから来ている言葉なのだけど。
そう聞いても、
何のことやら?
という人もいるみたい。
将棋では、歩兵(歩)が敵陣に入って成ると「と金(ときん)」になる。
見た目は本物の金将ではないのだけど、
動き方は金将と同じになるわけね。
そこから転じて、
にわかに金持ちになった人。
もともとは普通だったのに、
財産を得て羽振りが良くなった人。
そんな意味で使われるようになったらしい。
つまり、
「将棋の歩が成って金になるように、
にわかにお金持ちになった人」
というのが語源ということになる。
だから「成金」という言葉には、
最初から少し皮肉っぽい響きが含まれている。
「成功者」とか「資産家」とかとは、
明らかにニュアンスが違う。
むしろ、
急に金を持った人。
分不相応に派手になった人。
そんな見方がどこかに混じっている。
だから褒め言葉ではない。
場合によっては、
言う側のやっかみや、
見下しみたいな感情まで含まれていることもあるのだろう。
ところで、
子どもの頃には、
将棋というのは避けて通れないものでもあったような気がする。
友達の家へ行けば将棋盤があったし、
学校にもあったし、
実際に将棋を差しもした。
ルールはよく分からなくても、
駒の名前くらいは自然に覚えたものだった。
だから「成金」という言葉も、
語源まで知らなくても、
なんとなくイメージできたのかもしれない。
だけど今は時代が違う。
ゲーム機もあるし、
スマホもあるし、
YouTubeもある、
サブスク動画だってある。
子どもたちの興味を引くものが、
それこそ山ほどある。
将棋なんて、
好きな人は好きだろうけれど、
昔みたいに誰もが触れるものではなくなった。
もはや通過儀礼でもなんでもない。
そう考えると、
「成金」の意味を知らない人が増えていても、
別に不思議なことではないのだろう。
驚いていたのだけど、
よく考えたら、
驚くべきなのは相手ではなくて、
自分のほうなのかもしれない。
当たり前に知っていると思っていたことが、
もう当たり前ではなくなっている。
そんなところに、
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