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かつて参加した意識探究のワークでは、
嫌というほど耳にしていた言葉だ。
考えるのではなく感じる。
思考ではなく感覚。
そんな話を何度も聞いてきた。
なるほど、
そういうものなのだろう。
知識としては理解していたつもりだった。
だけど、
日常の場面ではあっさり忘れている。
なにか問題が起きれば考える。
不安なことがあれば考える。
人間関係で引っかかることがあれば、
なおさら考える。
どうしてだろう?
なにが原因だったのだろう?
相手は何を思っていたのだろう?
自分はどうするべきだろうか?
考える。
ひたすら考える。
まるで考えることそのものが、
答えにつながると信じているみたいに…
先日もそんなことがあった。
信号待ちをしていたとき、
ふと夕焼けが目に入った。
久し振りに見る夕焼けだった。
空が赤く染まっていて、
なんとなく見とれてしまった。
ただ、
「あぁ、きれいだな」って、
それだけだった。
ところがだ、
次の瞬間には、
なぜ夕焼けは赤いのだろう。
光の散乱がどうとか、
そんな話を聞いたことがある。
人はなぜ夕焼けに心を動かされるのだろう。
昔の人も同じように見ていたのだろうか。
そんなことを考え始めていた。
すると不思議なことが起きる。
さっきまで確かにあった
「あぁ、きれいだな」
が消えているのだ。
夕焼けは変わっていない。
景色も変わっていない。
変わったのは、
僕の意識の向きだけだ。
感じていたものが、
考えているものに置き換わっていた。
そのとき、
あの聞き飽きるほど聞いてきた言葉を思い出した。
「考える」と「感じる」。
あぁ、
こういうことか。
たぶん、
考えることが悪いわけではない。
僕は考えるのが嫌いではないし、
むしろ好きなほうだと思う。
考えることで整理できることもある。
問題が解決することもある。
だけど、
感じることを後回しにして考え始めると、
見えなくなるものもあるらしい。
悲しかった。
腹が立っていた。
寂しかった。
嬉しかった。
本当はそれだけだったのに、
なぜそうなったのか。
誰が悪いのか。
どうするべきなのか。
そんなことばかり考えているうちに、
肝心の感情が見えなくなってしまうことがある。
考えることは、
少し距離を取ることなのかもしれない。
感じることは、
その中にいることなのかもしれない。
どちらも必要なのだろう。
ただ、
順番はあるのかもしれない。
まず感じる。
とにかく感じる。
意識探究のワークでは、
何度も聞いてきた言葉だった。
感じているとき、おのずと試行は消えている。
つい先日までは、
思考することのみに振り切っていたのだった。
ようやく少しだけ、
頭ではなく実感としてわかった気がした。
もっとも、
こうして記事を書いている時点で、
また考えているのだけどね。
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嫌というほど耳にしていた言葉だ。
考えるのではなく感じる。
思考ではなく感覚。
そんな話を何度も聞いてきた。
なるほど、
そういうものなのだろう。
知識としては理解していたつもりだった。
だけど、
日常の場面ではあっさり忘れている。
なにか問題が起きれば考える。
不安なことがあれば考える。
人間関係で引っかかることがあれば、
なおさら考える。
どうしてだろう?
なにが原因だったのだろう?
相手は何を思っていたのだろう?
自分はどうするべきだろうか?
考える。
ひたすら考える。
まるで考えることそのものが、
答えにつながると信じているみたいに…
先日もそんなことがあった。
信号待ちをしていたとき、
ふと夕焼けが目に入った。
久し振りに見る夕焼けだった。
空が赤く染まっていて、
なんとなく見とれてしまった。
ただ、
「あぁ、きれいだな」って、
それだけだった。
ところがだ、
次の瞬間には、
なぜ夕焼けは赤いのだろう。
光の散乱がどうとか、
そんな話を聞いたことがある。
人はなぜ夕焼けに心を動かされるのだろう。
昔の人も同じように見ていたのだろうか。
そんなことを考え始めていた。
すると不思議なことが起きる。
さっきまで確かにあった
「あぁ、きれいだな」
が消えているのだ。
夕焼けは変わっていない。
景色も変わっていない。
変わったのは、
僕の意識の向きだけだ。
感じていたものが、
考えているものに置き換わっていた。
そのとき、
あの聞き飽きるほど聞いてきた言葉を思い出した。
「考える」と「感じる」。
あぁ、
こういうことか。
たぶん、
考えることが悪いわけではない。
僕は考えるのが嫌いではないし、
むしろ好きなほうだと思う。
考えることで整理できることもある。
問題が解決することもある。
だけど、
感じることを後回しにして考え始めると、
見えなくなるものもあるらしい。
悲しかった。
腹が立っていた。
寂しかった。
嬉しかった。
本当はそれだけだったのに、
なぜそうなったのか。
誰が悪いのか。
どうするべきなのか。
そんなことばかり考えているうちに、
肝心の感情が見えなくなってしまうことがある。
考えることは、
少し距離を取ることなのかもしれない。
感じることは、
その中にいることなのかもしれない。
どちらも必要なのだろう。
ただ、
順番はあるのかもしれない。
まず感じる。
とにかく感じる。
意識探究のワークでは、
何度も聞いてきた言葉だった。
感じているとき、おのずと試行は消えている。
つい先日までは、
思考することのみに振り切っていたのだった。
ようやく少しだけ、
頭ではなく実感としてわかった気がした。
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