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YouTubeを観ていると、
途中で広告が入る。

まぁ、それ自体は別にいい。
そういうものなのだろうし、
無料で観ている以上、どこかで成り立たせているのだろうと思う。

ただ、その中身なのだけど、
あれって、もう少し、
自分に寄ってくるものだと思っていた。

趣味とか、関心とか、
そういうものに、なんとなく沿ってくるもの。

でも、実際は、どうも違う。

僕はネットゲームをやらない。
ほぼ、いや、まったくやらない。

それなのに、出てくるのはスマホゲームの広告ばかりだったりする。

繰り返し、似たようなものが流れてきて、
「これってオレ向け?いや、違うんだけどな…」と思いながら、スキップしている。

たぶん、僕にこれを見せても、
何も起きない。

広告を出している側からすれば、
僕はいわゆる“見込み客”ではないはずなのだけど。

それでも、出てくる。

ということは、あれは“僕”ではなく、
“僕みたいな何か”に向けて出ているのかと思う。

ざっくりと、まとめられている。

精密に狙われているというより、
大きな枠の中に入れられている感じ。

だから外れるし、
外れても問題はないのだろう。

どこかで当たれば、それでいい。
たぶん、そんな仕組みなのだと思う。

ただ、ここで少しだけ、
別のことを思い出す。

昔、池袋の公園なんかで、
よく声をかけられた。

宗教の勧誘だった。

あれは、今思うと、
偶然だったのか、そうではなかったのか、
よくわからない。

というのも、こんな話を聞いたことがあるからだ。

書店のスピリチュアル本のコーナーで、
本を物色している人を見て、
対象を決める、という話。

すぐには声をかけない。
少し距離を取って、あとをつける。

そして、頃合いを見て、声をかける。

効率よく勧誘するための、やり方のひとつらしい。

本当かどうかは知らないが、
ただ、妙に現実味のある話でもある。

僕は、もともとそういうジャンルに興味があるし、
件の池袋東武百貨店の書店にはよく立ち寄っていたし、
あの頃、よくスピリチュアルの棚の前に立っていた。

何かを探していた、というより、
ただ、眺めていた、という感じでもあったけれど。

もし、あのとき。

あの書店から、
誰かにあとをつけられていたのだとしたら。

そして、あの公園で声をかけてきた人と、
どこかで繋がっていたのだとしたら。

そう思うと、少しだけ、ゾッとする。

広告は、わりと数の勝負的に、
雑にばら撒かれている気がする。

当たらなくてもいい。
どこかで当たれば、それでいいのだろう。

一方で、
ああいう勧誘は、
ちゃんと相手を見定めている気がする。

反応しそうかどうか、
立ち止まり方とか、目線とか、
そういうものを、静かに見ている。

広告みたいに、
とりあえず数を打つ、という感じではない。

だから、
あの頃、声をかけられていたことを思い出すと、
少しだけ引っかかる。

たまたまだったのか、
それとも、どこかでつけられていたのか。

まぁ、確かめようはないのだけど、
だったとしたら、ちょっとコワイ話だな…
って、思い出し、軽く身震いしている。

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