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なんとなく思ったことなのだけど。
根が意地悪な人って、
どんな場面においても、
やっぱり意地悪な対応になるものなんだよなぁ、と。
職場に、そういう人が一人いる。
Q氏だ。
昔からなのだけど、
厳格というか、融通が利かないというか、
まぁ、言い方はいろいろあるが、
受ける側からすると、わりと面倒くさい。
客受けは、正直よくない。
トラブルになると、だいたい名前が挙がる。
「あぁ、またか」という感じで。
さっきだって、
僕がいた持ち場の前のローテーションで入っていたQ氏の対応が気に食わないと、
客がわざわざ戻ってきて、
文句を言いに来た。
こうやって、
時に、いや結構な頻度で、
同僚にもとばっちりが来たりする。
ちなみにQ氏、
客のいないところでは、
「ふざけた客がいただの、むかつく客がいただの」と、そんな話をよくしている。
そのあたりも含めて、
まぁ、そういうことなのだろうな、と思ってしまう。
で、こういう人を見るたびに思うのだけど、
たぶん本人は、そこまで悪気はないのだと思う。
ルールは守るべきだし、
曖昧にすると後で困るし、
筋は通っている。たしかに。
ただ、その筋の「通し方」なのだろうな、と。
同じことを伝えるにしても、
少し逃げ道を残す人と、
ぎっちり詰めてくる人がいる。
Q氏は、後者だ。
間違っているわけじゃないのだけど、
とにかく余白がない。
受け手に委ねる余地がない。
それが積み重なると、
「この人は意地悪だ」という印象になるのかもしれない。
たぶん、こういうのって、技術ではなくて、癖に近い。
人にどう触れるか、みたいな。
だから、変わらない。
少なくとも、簡単には。
となると、こちら側ができることは、
距離の取り方を覚えることくらいで。
真正面から受けると、疲れるし、
かといって、正そうとすると、余計にこじれる。
まぁ、そういうものなのかもしれない。
「正しさ」は、ある意味で盾にもなるのだけど、
現実は、それだけで通るほど便利でもない。
その置き方ひとつで、
ずいぶん違うものになる。
そして、その置き方こそが、
その人なんだろうな、と思ったりする。
客に対して阿ねすぎるのも良くないが、
やはり客商売、
対応においてどちらかに決めなければいけないときには、
お客さんに有利な方向で決めてあげる、
という感覚は持っていたい。
なので、良いか悪いかは別として、
「このくらいなら、まぁいいか…」
という対応でやっている。
これは別に、人気取りでもなければ何でもなくて、
少しだけ親切なほうに寄せることを意識していると、
自然とそういう対応になる、というだけの話なのだ。
あと、
お客さんの「気分」、という観点で見れば、
どういう対応が“良かれ”なのか、
ということも、当然、意識できるはずなのだ。
それでも、自然とああいう身の置き方になるのだから、
正しさというのは、
ずいぶん扱いが厄介だ。
便利なはずなのに、
ときどき人を遠ざける。
そのあたりも含めて、
その人なのだろうな、
と思ったりするのだけど。
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なんとなく思ったことなのだけど。
根が意地悪な人って、
どんな場面においても、
やっぱり意地悪な対応になるものなんだよなぁ、と。
職場に、そういう人が一人いる。
Q氏だ。
昔からなのだけど、
厳格というか、融通が利かないというか、
まぁ、言い方はいろいろあるが、
受ける側からすると、わりと面倒くさい。
客受けは、正直よくない。
トラブルになると、だいたい名前が挙がる。
「あぁ、またか」という感じで。
さっきだって、
僕がいた持ち場の前のローテーションで入っていたQ氏の対応が気に食わないと、
客がわざわざ戻ってきて、
文句を言いに来た。
こうやって、
時に、いや結構な頻度で、
同僚にもとばっちりが来たりする。
ちなみにQ氏、
客のいないところでは、
「ふざけた客がいただの、むかつく客がいただの」と、そんな話をよくしている。
そのあたりも含めて、
まぁ、そういうことなのだろうな、と思ってしまう。
で、こういう人を見るたびに思うのだけど、
たぶん本人は、そこまで悪気はないのだと思う。
ルールは守るべきだし、
曖昧にすると後で困るし、
筋は通っている。たしかに。
ただ、その筋の「通し方」なのだろうな、と。
同じことを伝えるにしても、
少し逃げ道を残す人と、
ぎっちり詰めてくる人がいる。
Q氏は、後者だ。
間違っているわけじゃないのだけど、
とにかく余白がない。
受け手に委ねる余地がない。
それが積み重なると、
「この人は意地悪だ」という印象になるのかもしれない。
たぶん、こういうのって、技術ではなくて、癖に近い。
人にどう触れるか、みたいな。
だから、変わらない。
少なくとも、簡単には。
となると、こちら側ができることは、
距離の取り方を覚えることくらいで。
真正面から受けると、疲れるし、
かといって、正そうとすると、余計にこじれる。
まぁ、そういうものなのかもしれない。
「正しさ」は、ある意味で盾にもなるのだけど、
現実は、それだけで通るほど便利でもない。
その置き方ひとつで、
ずいぶん違うものになる。
そして、その置き方こそが、
その人なんだろうな、と思ったりする。
客に対して阿ねすぎるのも良くないが、
やはり客商売、
対応においてどちらかに決めなければいけないときには、
お客さんに有利な方向で決めてあげる、
という感覚は持っていたい。
なので、良いか悪いかは別として、
「このくらいなら、まぁいいか…」
という対応でやっている。
これは別に、人気取りでもなければ何でもなくて、
少しだけ親切なほうに寄せることを意識していると、
自然とそういう対応になる、というだけの話なのだ。
あと、
お客さんの「気分」、という観点で見れば、
どういう対応が“良かれ”なのか、
ということも、当然、意識できるはずなのだ。
それでも、自然とああいう身の置き方になるのだから、
正しさというのは、
ずいぶん扱いが厄介だ。
便利なはずなのに、
ときどき人を遠ざける。
そのあたりも含めて、
その人なのだろうな、
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