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僕だけかな?
最近、やたら「ルッキズム」という言葉に出くわす。
外見至上主義、という意味らしい。
見た目を基準にして、人を評価する考え方。
まぁ、それ自体はわかる。
昔から、似たような話はずっとあったはずで。
ただ、どうも引っかかる。
この言葉、使われている場面を見ていると、
だいたい「外見で人を判断するな」という話に変わっていく。
でも、それは少し違う気もしている。
人は、見た目から入る。
それはたぶん、避けようがない。
第一印象とか、雰囲気とか、
そういうもので相手を捉えてしまう。
そこまで否定しはじめると、
少し現実から浮く感じもする。
問題があるとすれば、
そこだけで決めてしまうことのほうで。
ただ、そのあたりの話はあまりされない。
代わりに出てくるのは、
「そうするべきではない」
という、まぁ「人としての正しい在り方」みたいな、
言い方ばかりで。
という、まぁ「人としての正しい在り方」みたいな、
言い方ばかりで。
その、追い込まれていくような誘導に、少し距離を感じてしまう。
多様性、という言葉も似ている。
いろんな価値観を認めよう、
違いを受け入れよう。
まぁ、そういう話なのだろうと思う。
でも、それがいつの間にか、
「良いこと」
として前提になっている。
として前提になっている。
そこに疑問を挟む余地が、あまりない。
なんとなく、
そう思っておいたほうがいい、みたいな空気がある。
ぼくが引っかかっているのは、たぶんそこだと思う。
多様であることを否定したいわけではないのだけど。
ただ、
それを受け入れることまで含めて、
当然のように求められる。
その流れが、少し息苦しい。
たとえば移民の話。
日本はこれまで、
比較的同じような文化の中でやってきた国だと思うのだけど、
そこに違う背景を持つ人が入ってくる。
それ自体は、流れとしてあるのだろうし、
止められるものでもないのかもしれない。
ただ、
それを受け入れる側にとって、
どんな意味があるのか、という話はあまり聞かない。
来る側の事情や利点は語られる。
では、もともとそこにいる側はどうなのか。
そこは、けっこう曖昧なまま進んでいる感じがする。
共存、という言葉もよく聞く。
ただそれは、いつの間にか選択ではなくなっていて、
前提として置かれている。
正直に言えば、
共存したくない、と思うこともある。
ただ、その感覚は、
あまり表に出していいものではないような空気がある。
その空気も含めて、
どこか一方向に揃えられていく感じがして、
なんだか気持ちが悪い。
結局のところ、
ルッキズムも、多様性も、
どちらも「正しさ」の話なのだと思う。
ただ、その正しさが、
いつの間にか前提になっていて、
そこに乗らない感覚だけが、
外に置かれていく。
ぼくが引っかかっているのは、
たぶんその位置で。
何かを強く否定したいわけでもなくて、
ただ、
「それが当然」という顔をして近づいてくるものに、
少し距離を取りたくなる。
その距離のまま、
違和感だけが残っている。
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