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東京ディズニーシーでの、
とある出来事が小さなニュースになっていた。

あるアトラクションでは、
ボートに乗って移動するなかで、
塔の窓から身を乗り出して歌うラプンツェル。
そんな場面があるらしい。

実は僕、LANDの方には行ったことがあるのだけど、
SEAの方にはまだ行ったことはなくて、
その光景を実際に見たことはない。

で、そのニュースだけど、

「カラスがラプンツェルを襲う!」
というものだった。

身を乗り出して歌う彼女の髪の毛を、
二羽のカラスが、むしっては飛び去っていくのだそうで、
それがSNSで拡散されていたそう。

日付が4月1日だったこともあって、
最初は作り話、つまりエイプリルフールの類ではないか、
そんな見方もあったらしいのだけど、
どうやら事実だったようで。

人間の目から見れば、
それは間違いなく「ラプンツェル」で、
夢や物語の一部でしかないはずの存在なのだけど、

カラスにとっては、
ただの長い繊維でしかない。

巣をつくるための、
都合のいい素材。

そこに「物語」は存在していない。


カラス側の観点を想像してみると、
そんな世界の見え方なのかもしれない。




そういえば、
と思い出すことがある。

公園にいた地域猫が、子猫を産んだときのことだ。

周りの人たちは、口々に「かわいいね」と言って、
その小さな命を見守るような空気があったのだけど、

同時に、
「カラスに気をつけないといけない」
そんな話も出ていた。

人間にとっては、守るべき対象で、
感情を寄せる存在であっても、

別の生き物にとっては、
それはただの「食べ物」になり得るわけで。

少しでも油断すれば、
その距離は一気に縮まる。

優しさとか、かわいさとか、
そういうものが通用しない場所が、
同じ空間の中に、平然と混ざっている。

テーマパークの中でさえ、
その境界は消えないのだし。

むしろ、
人間がつくりあげた「物語」の輪郭がはっきりしている分、
それを外側から無遠慮に崩してくる存在の方が、
妙に際立って見えるのかもしれない。

僕たちは、世界を意味で埋めようとする。

これは物語だとか、
これはかわいいものだとか、
これは守られるべきだとか。

でも、
その意味づけは、
どうやらかなり一方的なものらしい。

カラスは、そんなことを知らない。

ただ、生きているだけだ。

そう考えると、
僕たちが見ている世界というのは、
世界そのものというよりも、

「そう見たい」と思って整えた景色に、
少し近いのかもしれない。

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