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あるとき、
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僕は昔、スピリチュアルサークルに属して活動していた時代がある。
いま思えば、別に珍しい話でもない。
世の中には似たような集まりがいくつもあって、
当時の僕も、その一角にいただけだ。
当時の僕も、その一角にいただけだ。
昔はね、
地球のアセンションがどうのこうのとか、
真剣に考えていた時期がある。
五次元にシフトしていく地球に、
僕は残れるのだろうか…なんてね。
その頃の僕は、そういうことをわりと本気で考えていた。
二極化、とか言われていたじゃないか。
上に行ける人と、置いていかれる人が分かれる、みたいな話だ。
いま思うと、ずいぶんと人の不安を刺激する、出来のいい物語だったと思う。
あるとき、
サークルの中の数人が、
サイキッカーだとか言う人物を訪ねていったことがある。
いわゆる人物詣で、というやつだ。
「僕たちは、来るべきアセンションにおいて、
上位次元に行けますでしょうか?」
そんな問いを立てたらしい。
サイキッカーは、もったいぶった様子で、
「どれどれ、ん〜…」
などと間を取り、
「あなた方全員が、アセンションを乗り越えることができるでしょう。」
って、
告げたのだそうな。
それを聞いた一同は、狂ったように歓喜に沸いたそうだ。
サイキッカーに太鼓判を押され、
俺たちはやっぱりすごいんだ、
という高揚感。
という高揚感。
その場の様子を、あとになって僕にこっそり教えてくれた人がいる。
彼は、その場では一緒に喜んだフリをしたらしい。
けれど内心では、正直ドン引きしていた、と。
選民ごっこの勝利?に酔いしれている様を遠目に見て、
げんなりした、って。
選民ごっこの勝利?に酔いしれている様を遠目に見て、
げんなりした、って。
そして、
「そんなことを言う自称サイキッカーにも見切りをつけた」
とも言っていた。
その感覚は、いまならよくわかる。
アセンションだの、次元だのという言葉そのものよりも、
それを使って優劣を作り、
選ばれた側に立った気分になる空気。
あれが、どうにも受け付けなかったのだと思う。
二極化がどうとか、
僕は正直もうどうだっていい。
僕は正直もうどうだっていい。
僕の意識、あるいは魂と呼ばれるものが、
永遠であって、死ぬことはない。
それは、もうわかっている。
だからといって、
どこか高みに行きたいわけでもないし、
誰かに選ばれたいわけでもない。
僕は死にましぇーん、
だよ。
だよ。
これは、開き直りでも、強がりでもない。
思想や物語に選別される気はない、というだけの話。
静かに生きて、静かに考えて、
たぶんそれで十分なのだ。
少なくとも、
狂ったように歓喜する側に戻りたいとは、まったく思わない、今の僕だ。
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