今日もこのブログを訪問して下さりありがとうございます!

明日は明日の風が吹く。
ってね、
子供の頃にはよく聞いた、
また便利な言葉だな、
とも思う。
何かを考えなくて済むし、うまくいかなかった理由も、だいたいその一言で片づけられるのだから。
実際のところ、
どんな風が吹くかなんて、いくら考えたところで変わるものでもない。
だったら最初から考えなければいいのに…
人はわざわざ立ち止まって、あれこれ思いを巡らせてしまう。
たぶんそれは、
「どうにもならない」
と分かっていることを、
簡単には受け入れられない裏返しの、
ある種の、足掻きなのだろう。
昨日の風にしたってそうだ。
今さら振り返っても、何かが変わるわけでもないのに、
「あの風は強すぎた」とか、
「もう少し追い風だった気がする」とか、
ついつい意味づけをしたくなる。
もちろん、その意味づけが何かを変えるわけでもない。
結局のところ、
変わるのは風じゃなくて、
それをどう解釈したことにしておくか、という自分の都合だけだ。
それでも人は、
「まあ、あれはあれで」と言いたくなる。
そうでもしないと、
ただ吹きさらされた時間が、なんとも情けなく思えてしまうからだ。
明日の風がどうであろうと、
きっとまた同じように考えるのだろう。
希望だとか、諦めだとか、
都合のいい言葉を並べながら。
また、諦めた物言いになってしまうが、、、
それはそれで、人間らしい。
===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!

===========================================


明日は明日の風が吹く。
ってね、
子供の頃にはよく聞いた、
また便利な言葉だな、
とも思う。
何かを考えなくて済むし、うまくいかなかった理由も、だいたいその一言で片づけられるのだから。
実際のところ、
どんな風が吹くかなんて、いくら考えたところで変わるものでもない。
だったら最初から考えなければいいのに…
人はわざわざ立ち止まって、あれこれ思いを巡らせてしまう。
たぶんそれは、
「どうにもならない」
と分かっていることを、
簡単には受け入れられない裏返しの、
ある種の、足掻きなのだろう。
昨日の風にしたってそうだ。
今さら振り返っても、何かが変わるわけでもないのに、
「あの風は強すぎた」とか、
「もう少し追い風だった気がする」とか、
ついつい意味づけをしたくなる。
もちろん、その意味づけが何かを変えるわけでもない。
結局のところ、
変わるのは風じゃなくて、
それをどう解釈したことにしておくか、という自分の都合だけだ。
それでも人は、
「まあ、あれはあれで」と言いたくなる。
そうでもしないと、
ただ吹きさらされた時間が、なんとも情けなく思えてしまうからだ。
明日の風がどうであろうと、
きっとまた同じように考えるのだろう。
希望だとか、諦めだとか、
都合のいい言葉を並べながら。
また、諦めた物言いになってしまうが、、、
それはそれで、人間らしい。
===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!
===========================================


コメント