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なんとなく思い立って、
ずいぶん昔のことを書いてみる。
大学を卒業し就職した、
大企業でもなければ零細でもない、
まぁ中小企業のくくりの会社。
そんな会社の本社勤務の新人時代。
当時は企業改革が流行りだったようで。
時代に取り残されてはいけないと、
それなりの危機感も感じていたのだろう…
「わが社もこのままではいけないと思っているんだ」
「若い人の発想をどんどん取り入れて新しい風を!」
なんてね、
社長をはじめ会社の重役は事あるごとに言っていた。
また僕が所属する部署の担当重役は続けてこういった。
「素直な視点で、会社のココがおかしいなぁ?なんて思う事はどんどん聞かせて欲しい」
「そうか!」とそんな言葉を真に受けた僕だったが…
威勢の良い掛け声は良いが、
結局社員個々にそういう意識が浸透しているわけではなく、
本心では「このままでいいじゃん?」とか「変わってほしくない」と思っていた人が多かったのだろうな。
改革しようとする人がいれば、それに逆行する人もいる。
理由は様々だろう。
変化を嫌う人、足を引っ張りたい人。
それに、
派閥、力関係なんていうものも存在する。
「お前なぁ、この会社で将来考えるならY専務についた方がいいぞ。」
とかY専務派のイケイケの先輩は僕を諭したりした。
「長い物には巻かれろだぞ!」
って言われた…
だけどその当時の僕は血気盛んだったのだ😅
そういうのが大嫌いな性分だった。
心の中では
「うっせーわ!」
と思っていた。
自分は誰を支持しているとか、
そういうものに関係なく、
自分の所属する部署の担当だったS専務派という括りに自分も気づかずに入っていた。
ただ、僕はぼくとつした感じのS専務が人柄的にも好きだった。
S専務は時々僕を食事に誘ってくれて、
仕事上と言うだけでなく、生活についても僕の悩みなどを聞いてくれたりしていた。
会社の中での自分の身の置き方など、
なんとなく愚痴っぽいことや不安なことを語っていた時、
S専務の口から「長い物には巻かれろだな…」と言う言葉が出た。
その時
「なんだよぉ…この人もそういうこと言う?」
って、なんだか打ちのめされたような気がして、
この世界は本音と建て前、理想と現実を見極めないと生きてゆけない、とても面倒くさい世界なのだとも痛感した。
この世界でうまく生きてゆくためには、
風向きを敏感にとらえて、
時には嫌いな相手におべっかを使いながら本流にのるべく…
つまりが「長いものに巻かれる」を甘受しなければならない。
って、んーーー、
そういう人間を最も軽蔑していた僕には、
そうしている自分を想像できなかったし、
実行を許すことがとうとうできなかった。
結局僕はその会社を5年勤めて、
転勤の辞令をきっかけに辞めた。
自分の魂を売って権力者に媚び諂う者が幅を利かせる、
出世街道をひた走る?
自分はそういうタイプではないと思ったのだった。
でも今になってふと考えることがある。
あのまま、
自分の信念を曲げで我慢して、
長いものに巻かれていたなら、
今頃どうなっていたのかなぁ…🤔
ってね。
たら、れば、なんて、
過ぎたことを今さら言っても意味がないのかもしれないのだけど。
今の自分に満足できていれば、
このたらればなんて考えなかったのかな?
そんなふうにも思ってみたり、
まぁ、でも今の自分を改めて見てみると、
結構好き勝手にやっている。
その好き勝手の中には、
それこそ、あの頃忌み嫌っていた「長いものに巻かれてみる」もやっている。
ただし、それは昔の自分が嫌っていた
「長いものに巻かれる」とは、少し違う。
誰かに媚びるためでも、
自分を押し殺すためでもなく、
状況を理解したうえで、
譲れるところだけ静かに譲る、という感じだろうか。
若い頃の僕は、
巻かれること=負け、
迎合=魂を売ること、
そう単純に考えていた。
でも今は、
世の中は白黒だけではなく、
正しさも一つではない、
ということくらいは分かる。
あの時会社を辞めた選択も、
間違いだったとは思っていないし、
残っていた人生も、
それはそれであったのだろうと思う。
結局、正解は分からない。
ただ、
今の自分を見て
「まぁ、悪くないな」
と思えているなら、
あの頃の反発も未熟さも、
ちゃんと自分の一部なのだろう。
長いものに巻かれる時もある。
巻かれない時もある。
その都度、
自分で選んでいると思えているうちは、
たぶん、
まだ自分の人生を生きている。
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なんとなく思い立って、
ずいぶん昔のことを書いてみる。
大学を卒業し就職した、
大企業でもなければ零細でもない、
まぁ中小企業のくくりの会社。
そんな会社の本社勤務の新人時代。
当時は企業改革が流行りだったようで。
時代に取り残されてはいけないと、
それなりの危機感も感じていたのだろう…
「わが社もこのままではいけないと思っているんだ」
「若い人の発想をどんどん取り入れて新しい風を!」
なんてね、
社長をはじめ会社の重役は事あるごとに言っていた。
また僕が所属する部署の担当重役は続けてこういった。
「素直な視点で、会社のココがおかしいなぁ?なんて思う事はどんどん聞かせて欲しい」
「そうか!」とそんな言葉を真に受けた僕だったが…
威勢の良い掛け声は良いが、
結局社員個々にそういう意識が浸透しているわけではなく、
本心では「このままでいいじゃん?」とか「変わってほしくない」と思っていた人が多かったのだろうな。
改革しようとする人がいれば、それに逆行する人もいる。
理由は様々だろう。
変化を嫌う人、足を引っ張りたい人。
それに、
派閥、力関係なんていうものも存在する。
「お前なぁ、この会社で将来考えるならY専務についた方がいいぞ。」
とかY専務派のイケイケの先輩は僕を諭したりした。
「長い物には巻かれろだぞ!」
って言われた…
だけどその当時の僕は血気盛んだったのだ😅
そういうのが大嫌いな性分だった。
心の中では
「うっせーわ!」
と思っていた。
自分は誰を支持しているとか、
そういうものに関係なく、
自分の所属する部署の担当だったS専務派という括りに自分も気づかずに入っていた。
ただ、僕はぼくとつした感じのS専務が人柄的にも好きだった。
S専務は時々僕を食事に誘ってくれて、
仕事上と言うだけでなく、生活についても僕の悩みなどを聞いてくれたりしていた。
会社の中での自分の身の置き方など、
なんとなく愚痴っぽいことや不安なことを語っていた時、
S専務の口から「長い物には巻かれろだな…」と言う言葉が出た。
その時
「なんだよぉ…この人もそういうこと言う?」
って、なんだか打ちのめされたような気がして、
この世界は本音と建て前、理想と現実を見極めないと生きてゆけない、とても面倒くさい世界なのだとも痛感した。
この世界でうまく生きてゆくためには、
風向きを敏感にとらえて、
時には嫌いな相手におべっかを使いながら本流にのるべく…
つまりが「長いものに巻かれる」を甘受しなければならない。
って、んーーー、
そういう人間を最も軽蔑していた僕には、
そうしている自分を想像できなかったし、
実行を許すことがとうとうできなかった。
結局僕はその会社を5年勤めて、
転勤の辞令をきっかけに辞めた。
自分の魂を売って権力者に媚び諂う者が幅を利かせる、
出世街道をひた走る?
自分はそういうタイプではないと思ったのだった。
でも今になってふと考えることがある。
あのまま、
自分の信念を曲げで我慢して、
長いものに巻かれていたなら、
今頃どうなっていたのかなぁ…🤔
ってね。
たら、れば、なんて、
過ぎたことを今さら言っても意味がないのかもしれないのだけど。
今の自分に満足できていれば、
このたらればなんて考えなかったのかな?
そんなふうにも思ってみたり、
まぁ、でも今の自分を改めて見てみると、
結構好き勝手にやっている。
その好き勝手の中には、
それこそ、あの頃忌み嫌っていた「長いものに巻かれてみる」もやっている。
ただし、それは昔の自分が嫌っていた
「長いものに巻かれる」とは、少し違う。
誰かに媚びるためでも、
自分を押し殺すためでもなく、
状況を理解したうえで、
譲れるところだけ静かに譲る、という感じだろうか。
若い頃の僕は、
巻かれること=負け、
迎合=魂を売ること、
そう単純に考えていた。
でも今は、
世の中は白黒だけではなく、
正しさも一つではない、
ということくらいは分かる。
あの時会社を辞めた選択も、
間違いだったとは思っていないし、
残っていた人生も、
それはそれであったのだろうと思う。
結局、正解は分からない。
ただ、
今の自分を見て
「まぁ、悪くないな」
と思えているなら、
あの頃の反発も未熟さも、
ちゃんと自分の一部なのだろう。
長いものに巻かれる時もある。
巻かれない時もある。
その都度、
自分で選んでいると思えているうちは、
たぶん、
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