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保険屋さんとか、
ショッピングサイトとか、
いろいろなところから、
ハッピーバースデーメールが届いている。
クーポン付きとか地味にありがたい。

そんなメールの到着で、
改めて気づかされる程度。

ああ、そうなのね、誕生日なのね。
覚えててくれたのね。

とはいっても、
どうせリマインダーで自動送信、ということなのだろうけど。

今日は僕の、
五十ウン回目の誕生日だったりする。

まぁ、この歳になると、
誕生日が来たからといって、
特に胸が踊るわけでもなく、
「またひとつ歳を重ねてしまったか……」
その程度で、わりと淡々としている。

ただ、
もうとうに人生の折り返し地点は過ぎているわけで、
この先、いつまでこの「誕生日」という日を迎えられるのだろうか、
なんてことを、
少しだけ考えたりもする。

じつのところあ、僕、
「誕生日」って、
昔は「赤ちゃんが乗ってます」と
同じくらい、意味不明だった時期がある。
だからなんだよ…って感じで。

若い頃の僕にとっては、
ただ日付がひとつ進むだけで、
そこに特別な意味なんて見当たらなかった。
祝われる理由も、正直よく分からなかったし。

あるとき、
誕生日って一体何なんだろう?🤔
どういう意味で祝うんだろう?🤔
そんなことを、
わりと真剣に考えたことがある。

で、行き着いたのが、
「誕生日」は、存在を肯定してくれる日、
という考え方だった。

あなたがこの世界に存在してくれて良かった。
その思いからの、
この世界に降り立った記念日、
としての祝福。

そして、今日の日まで生きてこられたからこそ、迎えられる、この日という観点も。

そう考えると、
意味不明だったあの日も、
まんざら無意味だったわけじゃ
なかったのかもしれない、
と思えてくる。

今日は夕方まで仕事で、
夜は家族と焼き肉に行く予定だ。
別に大げさなことはない。
煙にまみれて肉を焼いて、笑ったり、話したりするだけ。

それでも、
「存在していてくれて良かった」
と言われるような日をちゃんと迎えられる(本気でそう思ってくれているかは、
正直よく分からないけど…😅)

そう思うと、
五十ウン回目の誕生日も、悪くない気がしてくる。

少なくとも今日は、
自分がこの世界に居る理由を、
ほんの少しだけ、
確認できる日なのだから。

あ、ちなみに、
「赤ちゃんが乗ってます」
いまはちゃんと意味がわかっていることを書き添えておくか😆

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