今日もこのブログを訪問して下さりありがとうございます!

「なんだかな…」
この言葉、便利だ。
愚痴というほどでもなく、批判というほどでもない。
でも、心のどこかに確かに引っかかっている。
そんなときに、ちょうどいい。
たとえば、
人の不幸を面白がるテレビ番組。
いかにも「共感」している風のコメントの裏に透ける、ちょっとした嘲笑。
あるいは、明らかに片方に寄った考えを持っているくせに、中立を装ったように発言しているが、スタンスがバレバレな政治評論家。
そういう場面に出くわすと、
僕はつい口をついてつぶやいてしまう。
「なんだかな…」って。
怒るほどのことでもない。
かといって、受け流せるほど鈍感でもない。
この微妙な温度のまま、なんとも生温く気持ち悪さも残る感覚。
たぶん、「なんだかな…」の正体は、
自分の中の“まだどこかで信じたい気持ち”なのではないかと思う。
世の中そんなに損得だけで動いてほしくない、
言葉には誠実さが宿っていてほしい、
そういう願いが、まだどこかに残っている証し。
「まぁ、そういうものか」
と片づけてしまえば楽なのだけど、
それを繰り返すうちに、何か大切なものを見過ごしてしまう気もする。
だから今日もまた、
誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやく。
「なんだかな…」って。
それは、僕なりのささやかな抵抗だ。
===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!

===========================================


「なんだかな…」
この言葉、便利だ。
愚痴というほどでもなく、批判というほどでもない。
でも、心のどこかに確かに引っかかっている。
そんなときに、ちょうどいい。
たとえば、
人の不幸を面白がるテレビ番組。
いかにも「共感」している風のコメントの裏に透ける、ちょっとした嘲笑。
あるいは、明らかに片方に寄った考えを持っているくせに、中立を装ったように発言しているが、スタンスがバレバレな政治評論家。
そういう場面に出くわすと、
僕はつい口をついてつぶやいてしまう。
「なんだかな…」って。
怒るほどのことでもない。
かといって、受け流せるほど鈍感でもない。
この微妙な温度のまま、なんとも生温く気持ち悪さも残る感覚。
たぶん、「なんだかな…」の正体は、
自分の中の“まだどこかで信じたい気持ち”なのではないかと思う。
世の中そんなに損得だけで動いてほしくない、
言葉には誠実さが宿っていてほしい、
そういう願いが、まだどこかに残っている証し。
「まぁ、そういうものか」
と片づけてしまえば楽なのだけど、
それを繰り返すうちに、何か大切なものを見過ごしてしまう気もする。
だから今日もまた、
誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやく。
「なんだかな…」って。
それは、僕なりのささやかな抵抗だ。
===========================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!
===========================================


コメント