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不満を口にしたとき、
同意してくれないばかりか、
「でも、感謝しないといけないね…」
なんて言われることがある。

ウザっ。
心の中で、ついそうつぶやく。

いや、もちろん感謝の大切さはわかっている。
誰かの善意に気づける人でありたいし、
それを言葉にできることは、たぶん人としての成熟の証でもあると思うし…
でも、「しないといけない」と言われた瞬間に、
その気持ちは一気に遠のいてしまう。

感謝って、本来は湧き上がるものであって、
「そうしろ」と言われて生まれる感情ではない。
だからこそ、“感謝の強制”という言葉には、
どこかで小さな違和感を覚えてしまう。

だけど、そこで立ち止まって思う。
要するに、どういう視点に立つか、ということなのだ。

たとえば、誰かにそう促されて「ウザっ」と思うのも、
それは自分が今どんな観点に立っているかを
教えてくれるサインでもある。

観点を少し揺らしてみる。
「なぜこの人はそう言うのだろうか…」と想像してみるだけで、
心の立ち位置がほんの少し変わる。
その“ズレ”の中で、これまでと違う景色が見えてくることもある。

不足から充足へ。
それは、モノや成果を増やすことではなく、
“いまあるもの”を、別の角度から見直すこと。
同じ現実でも、どこに立つかで意味が変わる。

たぶん、感謝とは「立ち位置の副産物」みたいなものなのだと思う。
押しつけられたときには反発したくなるけれど、
自分の中で視点を選び直したとき、
ふと「ありがとう」と、こぼれる瞬間がある。

それは誰かに言わされる感謝ではなく、
自分の内側で自然に生まれる感謝。
そういう“ありがとう”なら、
きっと嘘じゃないから、
頑固な僕でも、
受け容れられるのかもしれないな。

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