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「存在感」ってやつもやっぱり、
「記憶」によるものなのだと思った。
僕の職場で、
関節の手術を受けるため、
仕事を一時離脱して手術、そしてリハビリを行うとのことで、休養に入った同僚がいる。
一時離脱と言えど、
手術、リハビリ、復帰となれば、何日間と言うスパンではない。
彼が抜けている間、他のメンバーが、彼の穴を埋めるべく勤務日数を増やしたり、
お願いして他の事業所から応援に来てもらっている。
当初は、手術の成否、状況にもよるものの早くて、1ヵ月半で復帰できるなどという話ではあったが、経過が思ったようではないのか、
まるまる2ヶ月半が経っても、
復帰できないどころか、風の噂では再手術をしたらしいという。
この分では、年内復帰は無理だろう…と周りのみんなはそう観測している。
おまけに現場には現状を報告してこないという。
だから、他の事業所にお願いしてきてもらっている応援の人についても、際限なしにというわけにもいかず、この先めどが立たない。
全く、不義理もいいところで…
件の彼は、
キャリアも長いこともあり、
戦力としても安心できる存在ではあった。
しかし、
いなくなれば、いなくなったで、
日々の業務を回さななければいけないわけで、
彼の存在がないことを惜しんだり、
彼がいてくれたらな…などと、たらればを言う余裕などない。
いまや彼のいない職場が普通になり、
もうメンバーとして彼を頭数に入れることすら忘れていることもある。
さらに、
こまめに連絡でもしてくるならまだしも、
復帰が遅れて申し訳ない、でもなく…
コンタクトすら取ろうとしないのだから、
きつい言い方かもしれないが、
忘れられたり、もう期待されなくて当たり前にもなる。
件の彼の話題も、
離脱して間もない頃には頻繁に話題にものぼっていたが、
いまでは、名前すら出ることが少なくなった。
日に日に存在感が薄れるだけではなく、
実際のところ、
僕たちの記憶からも、
薄れていっていることは正直否めない。
もう(戻って)来なくても困らない。
はやいところ募集して他の人材を採用したほうがいいんじゃないか…
などと言う人すらでてきた。
でも、
ふと思うのだ。
この「忘れられていく」という現象は、
なにも彼に限った話じゃない。
たぶん、誰だってそうなる。
どんなに存在感があった人でも、
どんなに職場で頼りにされていた人でも、
いなくなってしばらくすれば、
その人のいた場所は、
ちゃんと「その人抜き」で回りはじめる。
それが現実であり、
組織の仕組みというものだ。
残酷だな、と思う。
でも同時に、
人の記憶って案外そんなものなのだとも思う。
「存在感」って、
生きてる証でもあるけれど、
それは“いまここにいる”というリアルな更新があってこそ保たれるものなのだろう。
いくら過去に貢献したとか、
どんなに印象的な人だったとしても、
“現在進行形”で関わりを持たなければ、
記憶は静かに風化していく。
そう考えると、
存在感って、
結局は「関わり続けているかどうか」なんだよね…
僕自身も、
もし明日からこの職場を離れたら、
きっと最初のうちは話題にものぼるだろう。
でも数週間も経てば、
僕の名前も、机も、
誰かの記憶の片隅に押しやられていく。
そのとき、
寂しいと感じるのか、
それとも、
それでいいのだと思えるのか…
いまの僕には、
まだ答えが出ない。
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「存在感」ってやつもやっぱり、
「記憶」によるものなのだと思った。
僕の職場で、
関節の手術を受けるため、
仕事を一時離脱して手術、そしてリハビリを行うとのことで、休養に入った同僚がいる。
一時離脱と言えど、
手術、リハビリ、復帰となれば、何日間と言うスパンではない。
彼が抜けている間、他のメンバーが、彼の穴を埋めるべく勤務日数を増やしたり、
お願いして他の事業所から応援に来てもらっている。
当初は、手術の成否、状況にもよるものの早くて、1ヵ月半で復帰できるなどという話ではあったが、経過が思ったようではないのか、
まるまる2ヶ月半が経っても、
復帰できないどころか、風の噂では再手術をしたらしいという。
この分では、年内復帰は無理だろう…と周りのみんなはそう観測している。
おまけに現場には現状を報告してこないという。
だから、他の事業所にお願いしてきてもらっている応援の人についても、際限なしにというわけにもいかず、この先めどが立たない。
全く、不義理もいいところで…
件の彼は、
キャリアも長いこともあり、
戦力としても安心できる存在ではあった。
しかし、
いなくなれば、いなくなったで、
日々の業務を回さななければいけないわけで、
彼の存在がないことを惜しんだり、
彼がいてくれたらな…などと、たらればを言う余裕などない。
いまや彼のいない職場が普通になり、
もうメンバーとして彼を頭数に入れることすら忘れていることもある。
さらに、
こまめに連絡でもしてくるならまだしも、
復帰が遅れて申し訳ない、でもなく…
コンタクトすら取ろうとしないのだから、
きつい言い方かもしれないが、
忘れられたり、もう期待されなくて当たり前にもなる。
件の彼の話題も、
離脱して間もない頃には頻繁に話題にものぼっていたが、
いまでは、名前すら出ることが少なくなった。
日に日に存在感が薄れるだけではなく、
実際のところ、
僕たちの記憶からも、
薄れていっていることは正直否めない。
もう(戻って)来なくても困らない。
はやいところ募集して他の人材を採用したほうがいいんじゃないか…
などと言う人すらでてきた。
でも、
ふと思うのだ。
この「忘れられていく」という現象は、
なにも彼に限った話じゃない。
たぶん、誰だってそうなる。
どんなに存在感があった人でも、
どんなに職場で頼りにされていた人でも、
いなくなってしばらくすれば、
その人のいた場所は、
ちゃんと「その人抜き」で回りはじめる。
それが現実であり、
組織の仕組みというものだ。
残酷だな、と思う。
でも同時に、
人の記憶って案外そんなものなのだとも思う。
「存在感」って、
生きてる証でもあるけれど、
それは“いまここにいる”というリアルな更新があってこそ保たれるものなのだろう。
いくら過去に貢献したとか、
どんなに印象的な人だったとしても、
“現在進行形”で関わりを持たなければ、
記憶は静かに風化していく。
そう考えると、
存在感って、
結局は「関わり続けているかどうか」なんだよね…
僕自身も、
もし明日からこの職場を離れたら、
きっと最初のうちは話題にものぼるだろう。
でも数週間も経てば、
僕の名前も、机も、
誰かの記憶の片隅に押しやられていく。
そのとき、
寂しいと感じるのか、
それとも、
それでいいのだと思えるのか…
いまの僕には、
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