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声が大きいやつが言うこと、
まことしやかに聞こえる、
ということはないだろうか?

そして、
ほんとうのこと、
本心なんて、
その本人以外にはわからない。

外界的に「そうみえる」だけのことだってあるし、
外形的なその姿と、
内側の実感はまるで別のものかもしれない。

人は、自分の感情や思いを直接的に示すことができないことも多い。
だから、他人がその感情を“代理”で表現することさえあるのだ。

韓国には「泣き女」という職業がある。
葬式で、遺族の代わりに大声で泣く。
泣くことそのものが、儀式であり演出であり、ある種の「効果」なのだ。
儒教の考え方に基づき、故人を偲ぶ儀式で流される涙の量が多いほど徳が高いとされるため、
涙を流せない遺族や参列者の代わりに泣いて、葬儀を盛り上げ、悲しみを表現する役割を担っているのだそう。

他国の文化だからとやかく言うつもりもなく、
それはそれとして。

だけど、声を張り上げて泣くことと、
本当に悲しむこととは、別だと思う。
同じように、
声の大きいやつが言うことが、
正しいとは限らない。

むしろ、そういう場面でこそ、
静かな人の言葉のほうに、
真実が潜んでいることがある。

世の中には、声のボリュームと説得力を
混同している人が多い。
「大きいほうが勝ち」みたいな空気は、
いつから当たり前になったのだろう。

結局のところ、
真実はいつだって地味だ。
声の大小では測れないものが、
この世界には確かに存在している。

だから、
自分の心を澄ませなきゃ、結局は聞こえやしない。

(注:念のため追記しますが、「声の大きいやつ」は= 文字通りの声のボリュームではなく
「自己主張でかい人」という意味ですからね💦)

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