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僕が中学高校生の頃は、アイドル全盛の時期だった。
そのなかでも堀ちえみさんは、けっこう好きなアイドルのひとりだった。
シングル曲(わかるかな??レコードの世代なもので…)ではなかったけれど、
夏・SeaWind
という曲が特に好きで、久しぶりに聴いてみたくなり、YouTubeで検索してみた。

すると同時に、おすすめ動画に今年行われたライブ映像が上がってきた。
何気なく観ていたら、
思わず涙がこぼれてしまった。

いろんな感情や映像が、心のなかで重なり合ってしまったのだ。
ひとつは、
正直に言えば、こう言うのは失礼かもしれない。
でも、人は老いるのだ、という事実。
僕の心の中にはいまでも、10代のあどけない堀ちえみさんがいて、笑顔で歌っている。
その姿とのギャップが、胸を突いてきた。

さらに彼女は、舌癌を経験し、舌の大部分を切除している。
通常の会話もままならない状態だと知っていた。
それでも彼女は、ライブのステージで歌を歌っていた。

彼女には彼女のいろいろな事情もあるのだろう。
けれど、もし僕が彼女の立場だったら…
果たして人前で歌えるだろうか?
おそらく、やれないだろう。

すべてをさらけ出し、全力を尽くして歌っている。
僕にはそう見えた。

「頑張っている人を見て勇気づけられる」
っていう、
その意味を、あらためて実感した。
短い映像だったけれど心が震えた。
これがもう一つの涙の理由。


日テレの24時間テレビで、マラソンランナーが完走する場面を見ても、正直なところ僕は何も感じない。あれは、あくまでもショーなのだ。
「ほら、感動しなさい!」という空気。
とくにあぁいうのが大嫌いな僕。

でも堀ちえみさんの歌には、それとは全く違うリアルさがあった。
一生懸命に歌ってた。
ほんとうに“一生懸命”という意味がわかる。
そんな、リアルさのなかのリアルを感じた。
彼女がそこに立ち、歌っていることそのものが、まぎれもない事実であり、生きざまだからだ。

まぁ、こういうひねくれた捉え方をしてしまうのは、僕の性分かもしれない。
けれど、演出された感動よりも、むき出しのリアルに触れたときに流れる涙こそ、ほんものなのだと思う。

特別な言葉はいらなかった。
彼女の姿を前にして、
「僕も、もう少しやれそうだ。」
って、そう感じた。
違う言い方をすると
「勇気をもらえた」
っていうところなんだろうな。

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