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なんでもありだったなぁ…
昭和時代。
僕が未だに不思議に思えてならないのは、
まさかあれで、本気で売れるとでも思ったか?
という、アイドルが売り出された。
その名も「スターボー」という、
3人組の女性グループ。
いや、女性グループと言ってしまったが、
性別不明だそうで…
設定はこういったもの。
(Wikipediaより)
太陽系第10惑星「スターボー」から脱出し、地球に「A・I(愛)」を伝えるためにやってきた性別不明の3人組アイドルという設定のもと、売り出された。ただし、ラジオ出演した際には「悪い地球人にさらわれた母親を探しに男装して来た」という発言(設定)も明かされている。
とのことだ。
初期の頃なんて、
ラメの入ったキラキラシルバーの全身タイツというコスチュームを着ていたっけな。
アイドル要素まったくなし、でしょ…💦
当時僕は中学生だったが、
中学生ながらさすがに
「これで売れようとしているとしたら相当なチャレンジャーだな🤔」
と思わせたレベルだ。
クラスメートとの会話でも、嘲笑の的。
「スターボーのファンです、とかいう奴いるのかな?いるなら見てみてーよな😆」
「『趣味悪っ!』とか思いっきり馬鹿にしてやるけどなー」
なんて言っていたことも思い出す。
案の定、売れずにいなくなったけどね。
奇抜な設定は、のちのち辻褄合わせに苦労するし、一度その路線から逸脱してしまえば修正不可能、命取りにもなる。
かつての小倉優子のコリン星設定もそうだが、あるところで「無理!」って、なるのがオチ。
それでも、あの頃はそんな突拍子もないアイデアを、わりと本気で形にしてしまう土壌があったのだと思う。
誰もが心のどこかで「これはちょっと無理すじだろ…」と思いつつも、テレビで流れていれば見てしまうし、それなりに話題にはなる。
ある意味で、時代全体が大きな実験場だったのかもしれない。
そんなふうにも思う。
今ならSNSで炎上したり、企画の段階でマーケティング部門に却下されるだろう。
けれど昭和には「売れるかどうかはやってみなきゃ分からない」という空気が、まだ残っていたような気がする。
いや、もしかしたら売れる売れないなんて、もはや意識していなかったのかも…
そして、そういう無茶な試みが次の時代の文化醸成への橋渡しにもなっていたのだと思う。
スターボーが残したものは決してヒット曲ではなかったけれど、あの「なんでもあり」な空気を思い出すと、不思議と嫌な記憶じゃない。
むしろ、時代そのものの豊かさの象徴のようにも思えてくる。
今の時代では当たり前な、
コストカット主義、タイムパフォーマンス、市場分析など、経済的要素を重んじるのは大事なのだろうけど…
無駄を徹底的に削ぎ落とす、そんな遊びのないドライな姿勢に、うんざりすることも多い。
あんな時代はもう戻らないのかもしれない。
けれど「やってみなきゃ分からない」と、無謀なほど本気で挑んでいた空気は、今思えばとても贅沢だった、とも言えるだろう。
失敗しても、笑われても、それすら次の文化を育てる土壌になっていた。
僕はいまだに、あの昭和の空気をどこかで纏っている気がする。
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葬儀疲れか…
どっとくる疲労感。昨夜は爆睡してしまった。
まだ疲れがとれないまま、今日はまた過酷な自営の仕事で、正直ヘトヘトだった。
こんなのも、昭和のモーレツ社員と呼ばれた高度成長期のサラリーマンに比べれば、
たいしたことないのかもしれない。
たいしたことないのかもしれない。
そんなことを思いながら、昭和という時代に思いを馳せる。
なんでもありだったなぁ…
昭和時代。
僕が未だに不思議に思えてならないのは、
まさかあれで、本気で売れるとでも思ったか?
という、アイドルが売り出された。
その名も「スターボー」という、
3人組の女性グループ。
いや、女性グループと言ってしまったが、
性別不明だそうで…
設定はこういったもの。
(Wikipediaより)
太陽系第10惑星「スターボー」から脱出し、地球に「A・I(愛)」を伝えるためにやってきた性別不明の3人組アイドルという設定のもと、売り出された。ただし、ラジオ出演した際には「悪い地球人にさらわれた母親を探しに男装して来た」という発言(設定)も明かされている。
とのことだ。
初期の頃なんて、
ラメの入ったキラキラシルバーの全身タイツというコスチュームを着ていたっけな。
アイドル要素まったくなし、でしょ…💦
当時僕は中学生だったが、
中学生ながらさすがに
「これで売れようとしているとしたら相当なチャレンジャーだな🤔」
と思わせたレベルだ。
クラスメートとの会話でも、嘲笑の的。
「スターボーのファンです、とかいう奴いるのかな?いるなら見てみてーよな😆」
「『趣味悪っ!』とか思いっきり馬鹿にしてやるけどなー」
なんて言っていたことも思い出す。
案の定、売れずにいなくなったけどね。
奇抜な設定は、のちのち辻褄合わせに苦労するし、一度その路線から逸脱してしまえば修正不可能、命取りにもなる。
かつての小倉優子のコリン星設定もそうだが、あるところで「無理!」って、なるのがオチ。
それでも、あの頃はそんな突拍子もないアイデアを、わりと本気で形にしてしまう土壌があったのだと思う。
誰もが心のどこかで「これはちょっと無理すじだろ…」と思いつつも、テレビで流れていれば見てしまうし、それなりに話題にはなる。
ある意味で、時代全体が大きな実験場だったのかもしれない。
そんなふうにも思う。
今ならSNSで炎上したり、企画の段階でマーケティング部門に却下されるだろう。
けれど昭和には「売れるかどうかはやってみなきゃ分からない」という空気が、まだ残っていたような気がする。
いや、もしかしたら売れる売れないなんて、もはや意識していなかったのかも…
そして、そういう無茶な試みが次の時代の文化醸成への橋渡しにもなっていたのだと思う。
スターボーが残したものは決してヒット曲ではなかったけれど、あの「なんでもあり」な空気を思い出すと、不思議と嫌な記憶じゃない。
むしろ、時代そのものの豊かさの象徴のようにも思えてくる。
今の時代では当たり前な、
コストカット主義、タイムパフォーマンス、市場分析など、経済的要素を重んじるのは大事なのだろうけど…
無駄を徹底的に削ぎ落とす、そんな遊びのないドライな姿勢に、うんざりすることも多い。
あんな時代はもう戻らないのかもしれない。
けれど「やってみなきゃ分からない」と、無謀なほど本気で挑んでいた空気は、今思えばとても贅沢だった、とも言えるだろう。
失敗しても、笑われても、それすら次の文化を育てる土壌になっていた。
僕はいまだに、あの昭和の空気をどこかで纏っている気がする。
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