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ふとした瞬間に、妙なことに気づいた。
誰もが当たり前のように受け入れているけれど、
実はとても曖昧で、不思議なものについてだ。
ここ数日、あまりにも慌ただしく、
時間に追われている。
いや、もはや時間に押し流されているかのようだ。
僕の日常、これまでだって、
そんなことは当たり前のようにある。
いや、僕だけじゃない。
現代社会人なら、
そんなことはまったく珍しくもない。
で…
時間って、
どこにあるのだろう?
時計の針は確かに進んでいる。
カレンダーもめくられていく。
でも、それは「時間そのもの」ではなくて、
人間が決めた区切りを示しているだけにすぎない。
じゃあ、本当の時間ってどこにあるのだろう…
過ぎ去ってしまえば、
もう手が届かない「過去」か?
まだ来ていないから、
どうにもならない「未来」か?
そう考えると、僕たちが実際に触れられるのは
結局「いま」しかない。
なのに…その「いま」を、
まるで、あえて避けているかのように、
すぐに置き去りにして、
「次の予定」に追い立てられてばかりいる。
「いま」を感じ味わうことよりも、
「次」をこなすことのほうが優先されてしまっているような生き方。
だからこそか、ふと思う。
僕が追いかけている「時間」って、
ほんとうに存在しているのだろうか?
あるいは、
僕自身がつくり出した幻影に
振り回されているだけなのではないか、と。
まるで「遅刻だ、遅刻だ」と慌てふためく、
不思議の国のアリスの白うさぎを追いかけるみたいに。
けれど、白うさぎを追いかけたその先にあるのは、
予定や義務ばかりではない。
見慣れた日常のなかに潜んでいる、
まだ気づいていない景色や、自分自身の可能性かもしれない。
ほんとうは、
過去も未来もここにはなく、
ただ「いま」という瞬間だけが確かにあって、
その気づきを味わいながら生きることで、
僕たちは静かに、そして確かに生きていけるのかもしれない。
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誰もが当たり前のように受け入れているけれど、
実はとても曖昧で、不思議なものについてだ。
ここ数日、あまりにも慌ただしく、
時間に追われている。
いや、もはや時間に押し流されているかのようだ。
僕の日常、これまでだって、
そんなことは当たり前のようにある。
いや、僕だけじゃない。
現代社会人なら、
そんなことはまったく珍しくもない。
で…
時間って、
どこにあるのだろう?
時計の針は確かに進んでいる。
カレンダーもめくられていく。
でも、それは「時間そのもの」ではなくて、
人間が決めた区切りを示しているだけにすぎない。
じゃあ、本当の時間ってどこにあるのだろう…
過ぎ去ってしまえば、
もう手が届かない「過去」か?
まだ来ていないから、
どうにもならない「未来」か?
そう考えると、僕たちが実際に触れられるのは
結局「いま」しかない。
なのに…その「いま」を、
まるで、あえて避けているかのように、
すぐに置き去りにして、
「次の予定」に追い立てられてばかりいる。
「いま」を感じ味わうことよりも、
「次」をこなすことのほうが優先されてしまっているような生き方。
だからこそか、ふと思う。
僕が追いかけている「時間」って、
ほんとうに存在しているのだろうか?
あるいは、
僕自身がつくり出した幻影に
振り回されているだけなのではないか、と。
まるで「遅刻だ、遅刻だ」と慌てふためく、
不思議の国のアリスの白うさぎを追いかけるみたいに。
けれど、白うさぎを追いかけたその先にあるのは、
予定や義務ばかりではない。
見慣れた日常のなかに潜んでいる、
まだ気づいていない景色や、自分自身の可能性かもしれない。
ほんとうは、
過去も未来もここにはなく、
ただ「いま」という瞬間だけが確かにあって、
その気づきを味わいながら生きることで、
僕たちは静かに、そして確かに生きていけるのかもしれない。
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