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いつだったかな、
もうずいぶん前のこと、
夏の高校野球をテレビで観ていたとき、
解説者が言う。
「こういうポーカーフェイスのピッチャーは、見た目落ち着いているようにみえても、こうして窮地に追い込まれているとき、ほかの投手以上に心の中はものすごい動揺しているものなんですよ…」
って。
そのとき、
なんだか、関係もないのに、
僕が見透かされているような気になったことがある。
そうなのだ。
そして僕はポーカーフェイスだ。
いつも、心の中の動揺を悟られないように、
表面を取り繕う癖がある。
もっと言うと、
身も心もポーカーフェイスという特徴があるのだと自認している。
なので、
普通の文章を書いているようで、
普段の意識状態ではない状態で書き綴っていることも多分にあるのだと思う。
これまでも、あるいは今日も、これからも…
なかなかに難しいヤツだとお思いでしょうが、
そんな人なんですよね。
と改めてヘンな自己紹介をしたところで。
さて、
梅雨の最中だと言うのに…
連日の猛暑。
もちろんすごい日差しだから、外に出るにはちょっと勇気がいる。
そこで僕は、
まず普段は極力かぶらないでいる帽子を引っ張り出す。
何種類かの形の帽子を持っているのだが、
まぁ、本当にどれも絶望的に似合わない。
それが僕が帽子を被らない理由の大部分を占めている。
たぶん、
耳の位置から頭頂部までの長さが、
一般的な比率より短いのだと思う。
かぶってみる。
鏡を見る。
前後にずらしてみたり、浅め深め、ちょっと斜めにしてみたり……
どうしたって似合わない。
なんて言うのだろう、
野暮ったいというか、
オシャレ要素まるでなし。
と、自分では思っている。
が、帽子を被った姿を他人に見せて、
「似合わなくね?」って聞いてみると、
概ね、僕が期待(というか予想)していた反応とは違うものが返ってくる。
「言うほど似合わなくもない」とか、
お世辞も含んでか「似合ってるよ」とか。
まぁ、なかなか「そうだね、確かに似合わないね」とは言いづらいか…
たしかに、その人の目にはそう映ってるのかもしれないし、
あるいは、気を遣ってるだけかもしれない。
でもいずれにしても、
僕の中にある「似合っていない」という感覚は、ちっとも動かない。
結局、鏡の中で一番厳しいのは、
他人の目じゃなくて、自分自身の目なのだろう。
そして、
また僕に似合わないものをもう一つ挙げたいと思う。
それは「ポジティブ」だ。
なんだか、自分がポジティブな立ち位置に立って、
努めてポジティブな観点から物事を決めている様子を見ると、
自分でいながら、むず痒い感じがしてしまう。
ほんと、自分らしくないな…
俺はそんな感じじゃないはず🤔
って思ってしまう。
もう、自己認識の根っこのところに、
「ネガティブなやつ」っていうのが、
しっかり根を張っている。
誰かに「もっと前向きに考えようよ」と言われるたびに、うまく言えない反発が、静かに心の底でうごめく。
それは正論だとはわかってるし、
たぶん親切心から出ている言葉だろうこともわかる。
でも、僕はその言葉を「正しい」と思うよりも前に、「似合わない」と思ってしまう。
そういう生き方をしてきたのだし、
そういう場所にしか自分が収まらなかった。
だから、帽子と同じだ。
誰かが「似合ってる」と言ってくれたとしても、
僕の内側にいる僕は、うつむいたまま首を振っている。
「いや、それは違う」って。
一度落ち込んでしまったら、
なかなか復活を得ないのは、
きっと根底にあるこんなことが理由なのかな。
なかなか面倒くさいやつだよね、
僕って…
まぁ、こうして自己観察できているところを見ると、
いくらか心の不調も落ち着いてきたのかしら?
などと思っている自分を見つける。
きっと、“元気そうに見える”っていうのが、
いちばんポーカーフェイスなのだろうか。
まぁ、だから何って話だけど。
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いつだったかな、
もうずいぶん前のこと、
夏の高校野球をテレビで観ていたとき、
解説者が言う。
「こういうポーカーフェイスのピッチャーは、見た目落ち着いているようにみえても、こうして窮地に追い込まれているとき、ほかの投手以上に心の中はものすごい動揺しているものなんですよ…」
って。
そのとき、
なんだか、関係もないのに、
僕が見透かされているような気になったことがある。
そうなのだ。
そして僕はポーカーフェイスだ。
いつも、心の中の動揺を悟られないように、
表面を取り繕う癖がある。
もっと言うと、
身も心もポーカーフェイスという特徴があるのだと自認している。
なので、
普通の文章を書いているようで、
普段の意識状態ではない状態で書き綴っていることも多分にあるのだと思う。
これまでも、あるいは今日も、これからも…
なかなかに難しいヤツだとお思いでしょうが、
そんな人なんですよね。
と改めてヘンな自己紹介をしたところで。
さて、
梅雨の最中だと言うのに…
連日の猛暑。
もちろんすごい日差しだから、外に出るにはちょっと勇気がいる。
そこで僕は、
まず普段は極力かぶらないでいる帽子を引っ張り出す。
何種類かの形の帽子を持っているのだが、
まぁ、本当にどれも絶望的に似合わない。
それが僕が帽子を被らない理由の大部分を占めている。
たぶん、
耳の位置から頭頂部までの長さが、
一般的な比率より短いのだと思う。
かぶってみる。
鏡を見る。
前後にずらしてみたり、浅め深め、ちょっと斜めにしてみたり……
どうしたって似合わない。
なんて言うのだろう、
野暮ったいというか、
オシャレ要素まるでなし。
と、自分では思っている。
が、帽子を被った姿を他人に見せて、
「似合わなくね?」って聞いてみると、
概ね、僕が期待(というか予想)していた反応とは違うものが返ってくる。
「言うほど似合わなくもない」とか、
お世辞も含んでか「似合ってるよ」とか。
まぁ、なかなか「そうだね、確かに似合わないね」とは言いづらいか…
たしかに、その人の目にはそう映ってるのかもしれないし、
あるいは、気を遣ってるだけかもしれない。
でもいずれにしても、
僕の中にある「似合っていない」という感覚は、ちっとも動かない。
結局、鏡の中で一番厳しいのは、
他人の目じゃなくて、自分自身の目なのだろう。
そして、
また僕に似合わないものをもう一つ挙げたいと思う。
それは「ポジティブ」だ。
なんだか、自分がポジティブな立ち位置に立って、
努めてポジティブな観点から物事を決めている様子を見ると、
自分でいながら、むず痒い感じがしてしまう。
ほんと、自分らしくないな…
俺はそんな感じじゃないはず🤔
って思ってしまう。
もう、自己認識の根っこのところに、
「ネガティブなやつ」っていうのが、
しっかり根を張っている。
誰かに「もっと前向きに考えようよ」と言われるたびに、うまく言えない反発が、静かに心の底でうごめく。
それは正論だとはわかってるし、
たぶん親切心から出ている言葉だろうこともわかる。
でも、僕はその言葉を「正しい」と思うよりも前に、「似合わない」と思ってしまう。
そういう生き方をしてきたのだし、
そういう場所にしか自分が収まらなかった。
だから、帽子と同じだ。
誰かが「似合ってる」と言ってくれたとしても、
僕の内側にいる僕は、うつむいたまま首を振っている。
「いや、それは違う」って。
一度落ち込んでしまったら、
なかなか復活を得ないのは、
きっと根底にあるこんなことが理由なのかな。
なかなか面倒くさいやつだよね、
僕って…
まぁ、こうして自己観察できているところを見ると、
いくらか心の不調も落ち着いてきたのかしら?
などと思っている自分を見つける。
きっと、“元気そうに見える”っていうのが、
いちばんポーカーフェイスなのだろうか。
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