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いまやこれが普通の反応だ。
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この時期に、
この猛暑。
体調も本調子じゃないせいもあってか、
すでに夏バテ気味だったりする。
帽子を被っていないと、
頭皮がジリジリ言わせながら、
焼けてる感じすらする。
こんな日には、ふと、
子供時代のことを思い返し、
ゾッとすることがある。
あの頃、
そう、昭和の時代の学校では…
真夏、炎天下、
そんなときでも、
体育の授業の際には、
“水を飲んではいけない”
って言われたものだ。
あれ、なんだったんだろう…
根性論か?
精神鍛錬?
あるいは、「そういう決まりだから」という、
思考停止の延長線だったのか?
熱中症という言葉さえなかった時代。
水を欲しがるのは「甘え」だとされていたのかもしれない。
今なら考えられない「危険」なことだけど、
当時はそれが“当たり前”だった。
先生も目を光らせているし、
みんなも我慢してるから、我慢する。
そんな空気に、なんとなく従っていた。
でも、
みんなのどはカラカラだったはず、
飲みたい、と思っていなかったやつなんて、いたのだろうか。
いまでは何にでも、
二言目にこそ言われる「科学的根拠」なんて言葉も、
当時には出てこなかったような気がする。
そんな昭和時代の話を、
娘と息子にしたことがあるが、
「当時の教師ってアタマおかしかったんじゃない?」
とバッサリ切り捨てられる。そんな昭和時代の話を、
娘と息子にしたことがあるが、
「当時の教師ってアタマおかしかったんじゃない?」
いまやこれが普通の反応だ。
白い息が見えるような寒い日にも、
半袖半ズボンで外に立たされた冬といい、
あの頃の「教育」と呼ばれていたものは、
なんだか無自覚に子どもたちを傷つけていたように思う。
もちろん、
「時代だよね…」って、そういうほかないし、
誰かを責めたいわけでもない。
でも、
誰にとっても納得できる基準よりも、
いかに忍耐強くいられるか、
根性を前面に出せるか、
そんなものの方が幅を利かせていた時代。
ただ、
僕のなかで、ふと蘇るその風景は、
懐かしさよりも、
ネガティブな感情を伴ってよみがえる。
あの頃、今の気候に比べれば猛暑の度合いも低かったとはいえ、
やっぱり、暑い、寒いは、
体に堪えたはずだ。
真夏の体育で、
「この状態はヤバい」と危機感を感じて、
トイレに行くフリをして、
洗面所の蛇口から水をガブ飲みした記憶。
いまだに、妙に鮮明に、頭の中に残っている。
あの根拠のない根性論のようなものに付き合っていたら、
命の危機さえあったかと思うと、
それに身震いする。
いまだに、妙に鮮明に、頭の中に残っている。
あの根拠のない根性論のようなものに付き合っていたら、
命の危機さえあったかと思うと、
それに身震いする。
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