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もう決まり、
今年の漢字は
「米」ですね

毎日新聞の万能川柳というコーナがあるらしく、
そこに投稿されていた川柳だそうだ。

今年だって、
まだ半分あるのだから、
「米」以上に着目されるなにかが起きるかだってわからない。

良い意味でも悪い意味でも、
未来はまだなにも決まっていない。

ただ、ものごとの評価は人に依りけりで、
肯定的に捉える目を持つことは意義のあることじゃないかと思っている。

さて、、、

自分のことを肯定できている人って、

誰かにわざわざ認めてほしいなんて、
あまり思わないものだ。
他人からの評価なんて必要ないんだ。

ましてや、「いいね」がつくかどうかで一喜一憂するなんていうことも、ほとんどない。

もちろん、人の目が気にならないわけじゃないだろうが…
でも、「自分はこれでいい」と思えていれば、
評価されなくても、それで揺らがない。

たとえば、ほんの少しでも他人よりよく見せたい、
すごいと思われたい、
そんな気持ちが芽ばえてきたとしたら、
それはきっと、今の自分にどこか納得できていないサインなのだと思う。

本当に、ありのままの今の自分が好きならば、
誰かに認めてもらうための演出なんて、
そもそも必要ない。
そんなどうでもいいこと、考えもしない。

だから、
やたらと「私はこんなに頑張ってます」アピールをする人、
虚勢を張る人、見栄を張って表面上の自分を取り繕う人、
を見ると、
思わず胸がざわついてしまう。

それはたぶん、その人の必死さに反応しているのではなくて、
自分の中にも同質の、ある部分が疼くからなのだろう…と思う。

無意識に他人からの承認を求めている自分のこと。
わかってもらえないと寂しくて、
誰かのひと言で気持ちが浮き沈みしていた日々のことを、
思い出してしまうからだ。

いまだって、
自己否定を払拭できているわけではないのだと思うが…

かつては、「これでいい」なんて、とても思えなかった。
むしろ、「これじゃダメだ」と思い続けていたからこそ、
評価がほしくて仕方がなかったんだと思う。

でも、今は少し違う。
全部がうまくいかなくてもいいし、誰かに褒められなくてもいい。
自分のやってることに、自分なりの納得があれば、
それだけで、けっこう満足していられるもので。

もちろん、弱さが消えたわけじゃない。
今でも、ふとしたときに、誰かの目を気にする自分が顔を出す。
だけど、そんな自分を責めたりもしない。
そんなことしたって意味がないからだ。

「ああ、まだそういうところがあるんだな」って、
ただ、静かに見ている。

それも含めて、「これでいいのだ」と、
思えるようになった。

だから今日も、誰にも見せるつもりのないまま、
ただ、自分のままでいる。

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