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旧統一教会(世界平和統一家庭連合)にたいし、
東京地裁が解散命令を出したというニュースに触れ、
僕の中に、あるネガティブな記憶が甦った。

信仰の自由とはどこまで許されるべきなのか?
と考えさせられたエピソード。

自分の信じるものが「最高」で、
それ以外を認めず、さらには見下す。

母の経営するアパートの店子に、
某カルト教団の熱心な信者がいた。

この人、
やめてほしいというのに、
その教団にしつこく勧誘してくる迷惑な人だった。

その教団で信仰している○○上人に帰依しないと大地震がきて死ぬことになるから…
つまりが入信しろと、
いつも言っていた。

「そういうのは信じないし、地震で死ぬときには死ぬ運命なのだからいい。入信などしない。」
と断っていた。
それでもあまりにしつこいので、
「あなたの教団の信者だけが生き残れる地震後の世界として、そこで生きていくってのも望むところじゃない。」
みたいなことを言った。
それを馬鹿にされたとでも思ったのか、

我が家では神棚も祀っていたし、
柱にはなにかのお札を貼っていたのだが、
彼は家に来るなり、
「あれ」と指さし、
あなただってあんなもの信じて拝んでるんだろ?
と鼻で笑って馬鹿にしてきた。

さすがに、こちらもムッとして、
失礼だろと反論したら、
自分が信じているものもあんたと同じだとか言い出した。

「じゃぁ、お節介はやめろ。
あんたのせいであんたの宗教に入信する可能性はゼロになったし、
そのやり口には否定的な印象しか受けない。」

二度と勧誘しに来るなとクギを刺し、
そういって追い返した。

それからも、
勝手にその教団の会報誌は郵便受けに入れていくし、
イベントへのお誘いのチラシなどを入れられた。

本来、信仰っていうのは、
人それぞれの内面に根ざすもの。
他人に強要するものではないはず。

こういうことを信者にやらせちゃう教団。

問題は信仰そのものではなく、
それを利用する人間の姿勢にあるのかもしれない。

信仰の自由、
意外に曖昧なものだなって思うし、
これってどこまでが自由なんだろうか…
って思う。

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