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3月1日です。
弥生です。
特に、今の時期に耳にする弥生は、
確定申告に意識が行っているせいで会計ソフトの方を先に思い浮かべてしまいます😅
なんとなんと、
時の流れが早すぎてやばい!
2月は他の月よりも短いとはいえ、
それにしても早い、
今年ももう2ヶ月が過ぎ去ってしまった。
ってことで、2025年の1/6終了!
月初の恒例になった、
光陰矢の如し的枕がき😅
そんな今日、
みのもんたさんの訃報が飛び込んできた。
お歳もお歳だし、
最近ではテレビでお見かけすることもなかったが…
「クイズミリオネア」での「ファイナルアンサー?」とか、
おもいっきりテレビでの生電話相談とか、
印象深い。
しかし、
遠い昔の話だが、
僕にとって印象的でかつ、
もっとも想い出深いエピソードがある。
僕が高校生の時の話で、
今から遥か40年ちかく前のエピソードだ。
当ブログの過去記事を引用しながら、
綴ってみたい。
高校生の当時、
カメラ小僧をしていた、
こんな呼称でわかるかな?
アイドルのイベント情報仕入れては、
朝も早く暗いうちから撮影機材を持ってでかける、
そこで良い席を取るために陣取る。
アイドル写真を撮って、
写真雑誌の売ります買いますコーナーに投稿して、
それを売るのだ。
今みたいにね、
肖像権がなにとか著作権うんぬんとか、
それらはかなりゆるーい時代だった。
そんなカメラ小僧時代の僕は、
今思えばかなりの非常識人間だったな😓
そんなある夏の日、
東京信濃町、神宮外苑の絵画館前広場に、当時毎年夏になると、
「フリーバル・ザ・夏!」そんなイベントが開かれていたのだ。
企業が参加しての商品紹介ブースや出店があったり、
夕方からの生放送に合わせてアイドル歌手の歌だとかいろいろやっていた。
当時、高校何年かの夏休み、カメラ小僧な僕は、
そう熱狂的ではなかったが、
その日もその日とて、
早乗りして、良いアングルで撮れる撮影場所を陣取る。
アイドル歌手が出てくるまでには、かなり時間があったが、
場所取りのため朝早くから並んでいたわけだ。
自分の場所をとったらひたすらダラダラ…
テレビの放映がなされる前には、いろいろな催し物が舞台で行われていた。
世界各国の民族舞踊みたいなものを披露する企画もあった。
しかしその時間、舞台の前に陣取っている連中といえば、僕と同じような意図のカメラ小僧だらけなのだ。
ある日の催し物は韓国の民族舞踊をやっていた。
きっと、この舞台の披露のためだけに韓国からやってきたのだろう。
しかしだ。
舞台前に陣取っているのは、そんな民族舞踊に興味を示すことなんてまずなさそうなヤツラなのだ。
僕を含めて…😓
だからさ、
舞台で舞踊団が踊っていたって、片肘ついて寝ころんでいる人あれば、仲間と喋りまくっていたり…
何人の人たちがその舞踊を見ていたか?きっと数えられるくらいだったろう。
そして、
この催し物の司会をやっていたのが、
あの、みのもんた氏であったわけ。
韓国舞踊団の舞踊が終わった後、
僕らの多く、いやほとんどの人たちが拍手もしないでしゃべっていた。
すると…
「おぃ!君ら!それでいいのか!」
「自分達のしていることが恥ずかしくないのか?」
「この人達は一生懸命練習してここで披露しようとそのために来ているわけだろ?」
「興味がないのならそれは仕方ないけれど、せめて拍手で向かえて拍手で送ってあげるのが礼儀じゃないか?」
「もうちょっと人としての礼儀をわきまえろよ!」
と声を大にして僕らを叱ったのだった。
んー、確かにそうだよな。
言うことはもっともだ。
そして何より、みのもんた氏が2〜300人はいたか、その人たちに堂々と自分の意見を主張し諭すその度胸というか、また一括する気迫に僕は「すげぇな」と思ったのだった。
テレビに映らないし、無難に司会をたんたんと務めりゃそれでも済んでしまうと思うのだ。
しかし、おざなりにすることなく、言うときにはしっかりと言う。
その態度にはある意味感心した。
そんなことを思いつつも、中には「ウッせーなぁ!テメェに言われる筋合いはネェんだよォ〜」とか「うるせえ!だまれ!」なんて声も聞こえてきた。
しかし…
韓国舞踊団のあとの催しで出てきた、また違った国の舞踊団が登場してきたとき、
そして引けていくときはちゃんと拍手が起きていた。
僕もみの氏の言うことが正論だと思い拍手で向かえて拍手で送った。
当時は若かったとはいえ、自己中だったよなぁと思ってしまう。
身近な人たちへの気遣いは多少できたとしても、韓国舞踊団に対しては気遣いできなかったわけだ。
「んだよー、つまらねぇなぁ…」「興味なし」
だから一切対応しないもんねぇ…とばかりに無関心をきめこんで拍手もしなかったし。
今の時代、他人の子を叱る大人は皆無といってもいい。
触らぬ神に祟りなしとばかりに。
下手に叱ろうものなら
うちの子がアンタになにかしました?
アンタに関係ないでしょ!
なんて言われそう…😑
「今の人は怖いからね…」
って、かつては他人の子を叱っていた世代も身を引くようだ。
または無関心?
どうせ他人の子、将来どうなろうと知ったこっちゃない。って?
僕がまだ小さな頃には、地域のおじさんおばさんに叱られることは珍しくなかった。
あの頃の大人たち、、、
自分たちが社会を作っている。
世の中を構成している一員という自負もあっただろうし、責任感も持っていたのだろう。だから他人の子であろうと、愛情をもって叱っていたのだと思う。
僕が高校生の頃にはもうだいぶ今のような状態になりつつある頃だったのかも。
またはもう大人から諭される歳ではなくなっていたのかも…
あのとき一喝したのは、
無礼な若者たちを前にして先々の日本を憂いたのかもしれない。
責任感ある大人としてのみのさんには我慢できなかったのかもね。
あの場には僕と同じように自堕落な若者が100人以上はいただろうなぁ…
そんな人々を前に一括。
自分にとっては何の得にもならないことにも関わらずだ。
あの勇気と、パワーに感心した。
いまでもあの時のことを思い出すことがたびたびある。
いま思えば恥ずかしいかぎりだ。
僕らは、自分という個人ではあるけれど、韓国舞踊団の前では日本人の観客なのだ。僕らの態度は彼らにとっては日本人の態度なのだ。
日本人としての誇りをすこしでも持っているならば、やはりみの氏の言われたような当たり前の行動をすべきなのだといまでも思っている。
あの場にいた人たちの中にこのことを覚えている人がどのぐらいいるかわからないけれど…
僕の心には確かに響いていて、今でもあの出来事は僕の人生に影響を与えた。
今改めて振り返ってみて僕にとっては感謝すべき出来事であったなぁと。。。
そんな気概を持ったみのもんたさんだった。
ご冥福をお祈りします。
思い出話を綴ってみました。
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3月1日です。
弥生です。
特に、今の時期に耳にする弥生は、
確定申告に意識が行っているせいで会計ソフトの方を先に思い浮かべてしまいます😅
なんとなんと、
時の流れが早すぎてやばい!
2月は他の月よりも短いとはいえ、
それにしても早い、
今年ももう2ヶ月が過ぎ去ってしまった。
ってことで、2025年の1/6終了!
月初の恒例になった、
光陰矢の如し的枕がき😅
そんな今日、
みのもんたさんの訃報が飛び込んできた。
お歳もお歳だし、
最近ではテレビでお見かけすることもなかったが…
「クイズミリオネア」での「ファイナルアンサー?」とか、
おもいっきりテレビでの生電話相談とか、
印象深い。
しかし、
遠い昔の話だが、
僕にとって印象的でかつ、
もっとも想い出深いエピソードがある。
僕が高校生の時の話で、
今から遥か40年ちかく前のエピソードだ。
当ブログの過去記事を引用しながら、
綴ってみたい。
高校生の当時、
カメラ小僧をしていた、
こんな呼称でわかるかな?
アイドルのイベント情報仕入れては、
朝も早く暗いうちから撮影機材を持ってでかける、
そこで良い席を取るために陣取る。
アイドル写真を撮って、
写真雑誌の売ります買いますコーナーに投稿して、
それを売るのだ。
今みたいにね、
肖像権がなにとか著作権うんぬんとか、
それらはかなりゆるーい時代だった。
そんなカメラ小僧時代の僕は、
今思えばかなりの非常識人間だったな😓
そんなある夏の日、
東京信濃町、神宮外苑の絵画館前広場に、当時毎年夏になると、
「フリーバル・ザ・夏!」そんなイベントが開かれていたのだ。
企業が参加しての商品紹介ブースや出店があったり、
夕方からの生放送に合わせてアイドル歌手の歌だとかいろいろやっていた。
当時、高校何年かの夏休み、カメラ小僧な僕は、
そう熱狂的ではなかったが、
その日もその日とて、
早乗りして、良いアングルで撮れる撮影場所を陣取る。
アイドル歌手が出てくるまでには、かなり時間があったが、
場所取りのため朝早くから並んでいたわけだ。
自分の場所をとったらひたすらダラダラ…
テレビの放映がなされる前には、いろいろな催し物が舞台で行われていた。
世界各国の民族舞踊みたいなものを披露する企画もあった。
しかしその時間、舞台の前に陣取っている連中といえば、僕と同じような意図のカメラ小僧だらけなのだ。
ある日の催し物は韓国の民族舞踊をやっていた。
きっと、この舞台の披露のためだけに韓国からやってきたのだろう。
しかしだ。
舞台前に陣取っているのは、そんな民族舞踊に興味を示すことなんてまずなさそうなヤツラなのだ。
僕を含めて…😓
だからさ、
舞台で舞踊団が踊っていたって、片肘ついて寝ころんでいる人あれば、仲間と喋りまくっていたり…
何人の人たちがその舞踊を見ていたか?きっと数えられるくらいだったろう。
そして、
この催し物の司会をやっていたのが、
あの、みのもんた氏であったわけ。
韓国舞踊団の舞踊が終わった後、
僕らの多く、いやほとんどの人たちが拍手もしないでしゃべっていた。
すると…
「おぃ!君ら!それでいいのか!」
「自分達のしていることが恥ずかしくないのか?」
「この人達は一生懸命練習してここで披露しようとそのために来ているわけだろ?」
「興味がないのならそれは仕方ないけれど、せめて拍手で向かえて拍手で送ってあげるのが礼儀じゃないか?」
「もうちょっと人としての礼儀をわきまえろよ!」
と声を大にして僕らを叱ったのだった。
んー、確かにそうだよな。
言うことはもっともだ。
そして何より、みのもんた氏が2〜300人はいたか、その人たちに堂々と自分の意見を主張し諭すその度胸というか、また一括する気迫に僕は「すげぇな」と思ったのだった。
テレビに映らないし、無難に司会をたんたんと務めりゃそれでも済んでしまうと思うのだ。
しかし、おざなりにすることなく、言うときにはしっかりと言う。
その態度にはある意味感心した。
そんなことを思いつつも、中には「ウッせーなぁ!テメェに言われる筋合いはネェんだよォ〜」とか「うるせえ!だまれ!」なんて声も聞こえてきた。
しかし…
韓国舞踊団のあとの催しで出てきた、また違った国の舞踊団が登場してきたとき、
そして引けていくときはちゃんと拍手が起きていた。
僕もみの氏の言うことが正論だと思い拍手で向かえて拍手で送った。
当時は若かったとはいえ、自己中だったよなぁと思ってしまう。
身近な人たちへの気遣いは多少できたとしても、韓国舞踊団に対しては気遣いできなかったわけだ。
「んだよー、つまらねぇなぁ…」「興味なし」
だから一切対応しないもんねぇ…とばかりに無関心をきめこんで拍手もしなかったし。
今の時代、他人の子を叱る大人は皆無といってもいい。
触らぬ神に祟りなしとばかりに。
下手に叱ろうものなら
うちの子がアンタになにかしました?
アンタに関係ないでしょ!
なんて言われそう…😑
「今の人は怖いからね…」
って、かつては他人の子を叱っていた世代も身を引くようだ。
または無関心?
どうせ他人の子、将来どうなろうと知ったこっちゃない。って?
僕がまだ小さな頃には、地域のおじさんおばさんに叱られることは珍しくなかった。
あの頃の大人たち、、、
自分たちが社会を作っている。
世の中を構成している一員という自負もあっただろうし、責任感も持っていたのだろう。だから他人の子であろうと、愛情をもって叱っていたのだと思う。
僕が高校生の頃にはもうだいぶ今のような状態になりつつある頃だったのかも。
またはもう大人から諭される歳ではなくなっていたのかも…
あのとき一喝したのは、
無礼な若者たちを前にして先々の日本を憂いたのかもしれない。
責任感ある大人としてのみのさんには我慢できなかったのかもね。
あの場には僕と同じように自堕落な若者が100人以上はいただろうなぁ…
そんな人々を前に一括。
自分にとっては何の得にもならないことにも関わらずだ。
あの勇気と、パワーに感心した。
いまでもあの時のことを思い出すことがたびたびある。
いま思えば恥ずかしいかぎりだ。
僕らは、自分という個人ではあるけれど、韓国舞踊団の前では日本人の観客なのだ。僕らの態度は彼らにとっては日本人の態度なのだ。
日本人としての誇りをすこしでも持っているならば、やはりみの氏の言われたような当たり前の行動をすべきなのだといまでも思っている。
あの場にいた人たちの中にこのことを覚えている人がどのぐらいいるかわからないけれど…
僕の心には確かに響いていて、今でもあの出来事は僕の人生に影響を与えた。
今改めて振り返ってみて僕にとっては感謝すべき出来事であったなぁと。。。
そんな気概を持ったみのもんたさんだった。
ご冥福をお祈りします。
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