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ブログ記事に限らずだが、
文章を書いていて、
書きながらも、
この内容はきっと共感を呼ぶだろうとか、
先々の展開を期待してしまうような、
いわゆる手ごたえのある記事というものがある。
皆さんも少なからずそういった経験があるのではないだろうか。
しかしながら、
想定していたような反響はあまりなく、
いや、ないどころか総スカンを喰らうこともあったりして💦
そんなときには、
自分の思惑の大はずれ感と、
おこがましさに恥いって、
自分のことながら苦笑いしてしまう、
そんなこともある。
逆に、
なにも意識もせず適当に書いて、
こんな適当な記事誰も見向きもしないんじゃないかなぁ…
なんて思っている記事に限って、
結構な好評を得たりすることもあり、
不思議に思ったりする、
そんな経験もある。
書き手としては、
こうした「予想外の結果」に対して、
戸惑いもするのだが、
そこに文章を書く上での一種の「楽しさ」や「奥深さ」も感じるもので…
あとこれまでの経験で振り返って思うのは、
僕のブログ記事のようなエッセイならなおさら、思ったままを書くのが本道であり、
思考でこねくり回した文章ほど、
たいした共感を得ないものが多いような気がしている、
本当に何の気なし、
これぞ直感に従って綴る、
そのような文章は、
あらゆる人の深層意識というか、
潜在意識の情報とどこかでつながっているものなのじゃないか?など、そんなふうに思ったり…
だからこそ文章を書く際には、
意図や計画で縛ろうとせず、
もっと自分の感覚や本音に素直であることが重要なのかもしれない。
自分の中から自然に湧き出てくる言葉や思いこそ、他者の心に届く可能性を秘めているのではないだろうか、って、
そんなふうに思う。
とはいえ、「手ごたえを感じた文章が響かない」「適当に書いたものが意外にも反響を呼ぶ」というそんな現実に直面するたびに、ついついその理由を考えてしまう。
読み手はどんな部分に共感したのかな?
自分の何気ない言葉が、どうして相手の心に届いたのだろうか?
なんて…
文章の受け取り方というのは、読み手のタイミングや心理状態にも左右されるもの、
自分に当てはめて考えてみても、経験済みだ。
同じ文章でも、読む人やその時々の状況によって全く違った意味の捉えられかたをすることがある。
だから、
全く反響のなかったような記事が、
何のきっかけかわからないが、
数年経った後にアクセス数が増えていたりなど、そんな事象も含めてが文章の不思議さであり、魅力でもあるのかもしれない。
結局、あまり気にしたところで、どう転ぶかもわからないし、行き着くところは「なるようになる」というそこだ。
なので、
スタンスとしては、
書くこと自体を楽しむ、
時には「受け手の予測できなさ」を楽しみながら、自分の言葉で綴っていく。
それしかないのかもしれない。
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