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んー、
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今日は資源ゴミの回収日なのだが、
わ〜!道路のあちらこちらに、
それら資源ゴミが散乱している。
誰の仕業かって…
東京は、今朝から強風が吹き荒れている。
そのせいだ。
回収の清掃局の方は、苦労するだろうなぁなんて思いつつ、
でも、おそらく僕が心配するまでもなく、
彼らは彼らで、
その前提で動くことだろう。
さて、
その「前提」について思うことを綴ってみたいと思うのだが…
何をするにしても、
ある意味で、
「前提」
これが全てだとは言えないだろうか。
前提の決め方次第で、
その後の考え方や行動が全て決まってしまうと言う意味だ。
たとえば、
自分になんて価値は無い…
そう思っている人、つまりそういう前提に立っている人は、
その前提に基づいて行動し、たとえ自分の価値を証明するような出来事があっても、
「偶然だ」とか「たまたまだ」と片付けてしまうかもしれない。
逆に、「自分には価値がある」と信じている人は、どんな小さな成功でもそれを自分の価値のなせるものだと捉え、自信を深める体験になるかもしれない。
それゆえに「前提」というものは、
時に現実そのものよりも人の行動や思考パターン、感情に大きな影響を及ぼすものになる。
言い換えると、前提とは、僕たちが世界をどのように見るかを決定づけるフィルターのようなもの。
んー、
ではこの「前提」とやらはどうやって作られるのだろうか?
多分それは過去に経験してきたこと、
他人からの教化、
そして、痛い目にあったときの教訓だったり…これまでの自分自身の解釈の積み重ねで作られてきたのだろうと思う。
たまにふと我に帰って、
自分を俯瞰的に観ることがあるが、
そんな時に、自分の「前提」を目の当たりにすることがある。
「僕はダメ人間…」
あー、僕はこんなことを前提に、今生きていたのか😓
そんな発見を、つい先日したばかりだ。
しかし、
自分で気づきさえすれば、それを意識的に変えることもできる。
例えば、「自分には価値がない」という前提をもっている人がいるとして、その人が毎日小さな「成功体験」を意識的に心に刻むことで、
少しずつ「自分にも価値があるかもしれない?」という新たな前提を築いていくことができるかもしれない。
逆に、ポジティブな前提を持っていたとしても、ネガティブな経験を都度意識することでその前提が崩れることもあるだろう。
だから僕らは、時々、自分の「前提」を見つめ直すことが大切なのではないだろうか。
強風で散乱したゴミを見て「迷惑だ」と嘆くのか、それとも「清掃局、作業員の方たちの仕事を見直すきっかけになるかもしれない」と思うのか。
それもまた、どんな前提に立つのかによる。
強風の朝、道路に散らされたゴミから、
いまこんなことを考えているのって…
それがなんとも創造的だ、
なんて自画自賛しちゃっている僕…
でも、きっとこれもまた、
今の自分が持つ「前提」なのだろう。
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