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この世界って誰のもの?

みんなのものだよ!
そう言うかな?

であれば、所有の概念って、
おかしな概念だよな…
って思う。

もっと言うならば、
月の土地を売っているなんて、
意味が解らない。

所有の概念があることで、
必ず生まれる、

持てる者と、
持たざる者。

今の世の中を「格差社会」だ、
って言う人、
わりと多くいるんじゃないだろうか?

実際、僕は自分のことを、
みじめな存在だ。
って思うことがある。

他の人と比較すると、
すぐにそういった境地になる。
まったく悲しいものだ。

ところで、
こんな話を聞いたことがあるだろうか?
約1万5千年もの間、環境を破壊せず戦争をしなかった、
世界でも類のない平和な時代であると言われている縄文時代、

「土地を所有する」なんていう概念はなかったそう。
共同生活で、得た食料を分け合って生きていた。

今の時代に生きる僕らには「あたりまえ」の所有という考え。

その概念がなかった、
ってすごいことだな。
って素直に思う。

誰がたくさん土地を持っているだとか、
誰がより多くの食料や富を持っているか、
そんな考えさえ起きないのだから、
貧富の差なんて生まれるべくもなく…

争いの必要もない。

ふと思うのだけれど、
もしかしたら、
縄文時代の人々はこう考えていたのかもしれない。

「この世界はみんなのもの」ではなく、「全てが自分である」
って。

意味が伝わるだろうか?

所有や区割りといった考え方は、分離の観点の始まりを意味する。
でも、もともとそんなものは存在しないとするなら、

この世界は全てひとつのもの。
自分=世界。

視点が違うだけで、
結局同じことになるのではないだろうか。

僕らが当たり前だと思っている概念を疑ってみるのって、
意味のあることなんじゃないかな?

そんなことを思っているいま。
この独り言が、
誰かの心に何かを問いかけるきっかけになればとも思う。

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