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昨日は、
午前中にウェブセミナー受講の予定があった僕、
いつもは、僕が運転して車で行くのだが、
妻と、子供たちは、
電車とバスで2時間半、
朝発で妻の実家に向かった。
それで帰りは、
僕は車で迎えに行くというスケジュール。
コロナ騒動以降、
何度かうちの子どもたちだけで行く計画をたてたらしいが、当日になって、熱が出たりとか、風邪ひいたりとか…
距離はあっても同じ都内、
行こうと思えばいつでも行けるという気持ちもあってか、
そんな感じで実現しないうちに、
月日はまた経過し…
今回、何が何でもこの機会に…
という思いで会いに行ったのだが、
その理由は、
義父の病状にある。
半年前に癌が発覚、
その時はステージが低かったものの、
進行性だったのかわずか半年で末期ガン、
余命宣告されてしまった。
孫たちにはずいぶん長いこと会っていなかった義父母、
電話では交流はあったものの、
実際の対面は、4年〜5年ぶり。
娘は、当時大学1年、息子はまだ中学生だったか。
社会人2年目の娘、大学生になった息子、
娘からは、ちょっとお高いうな重お土産に、
また久しぶりの再会に義母は大変喜んでいた。
が、、、
高齢の義父はと言うと…
どうやら、
孫たちの顔を忘れてしまった?🤔
ようで…
何やら、わかっているのだか、わかっていないのだか…
わかってるふりみたいな感じだったそう😓
今年4月に会ったときには、
変わらずハキハキした感じだったが、
電話では、
ここのところ認知症が進んできたのだと言う話は聞いていた。
そんな話を事前に聞かされていた子供たちは、
やはり…な対応に、
複雑な思いだったらしい。
そういう僕も、
会うのは半年ぶり。
実際に、
後からお迎えに行った際には、
「こんばんは」と言う僕に対して、
義父は無反応…
あら?😅と若干戸惑っている僕の横で、
「私の旦那さんですよ〜、わかる?お迎えに来てくれたんだよ」と妻。
「はぁ、どうも」と、
明らかにわかってないのに、わかってる風なごまかし感満載の態度と返事だった。
実は僕、
こういう(自分のことを忘れられた)経験をするのは初めてだった。
他の人から、
認知症にまつわるあれこれの中で、
話には聞いた事はあるが、
実際に体験してみると、
なかなかにショックなものだった。
これは僕の側面の体験だが、
ショックを受けたところで、
どう抗おうとこの状態が変わるものでもない。
考えてみれば、
自分の娘や、孫たちの顔すら忘れているのに、
義理の息子のことをそれよりも色濃く覚えてるはずもないか…😅
と僕は僕なりにその現実との折り合いをつけた。
当の義父からすれば、
知らない人が何人も自分の家にやってきて、
自分が忘れてしまった過去の話などをされて、
ずいぶん迷惑な話だったのかもしれない…
いろいろ良し悪しの価値判断だとかを取払って、ナチュラル、中立に、
「忘れる」ことをみたとき、
ある意味では、
それも悪くない…
とも思える。
僕らは、
過去のしがらみにずいぶん苦しめられているところがあり、おそらくそれは誰にでもあるのだと思う。
いわゆる痛い過去だったり、
後悔だったり、
また、そんな過去の経験に起因するこらこその、未来を憂う気持ちが出てきたりと。
そんなものすら、
忘れてしまい、
存在しなくなった観点というのは、
もしかしたらお気楽、
幸せな境地なのかもしれない。
ストレスフルな現代人が目指すところの、
「今ここ」の立ち位置ともいえるのではないか?
そんなふうにも思える。
もちろん本人がどう捉えているかがすべてではあるが、
煩わしさや、不安から距離が置けているのであれば、
それもまたよし、
ということにはならないだろうか…
帰りの車の中で娘と息子が話していた、
「知らない奴が、家の中に勝手に入ってきたと、怒り出す人すらいるそうだから、わからないながらも、ごまかして、朗らかに迎えてくれただけまだマシか…」
と語り合っていた。
僕はそんな会話を聞きながら、
それなりにショックだったろう、
忘れられた経験に対して、
それぞれに自分なりの折り合いをつけようとしているのだな…
と思った。
起きている事は、ただ一つの事実のみ。
各々がその現実をどう捉え、
どう認識するのかが経験の全て。
そんなことを頭の中に思い浮かべつつ、
以前と比して、
精気こそ落ちた感はあったが、
ほわーっとした穏やかな佇まいでいた義父をみて、
改めて、
それもまたよし、か…
とハンドルを握りながら何度も自分に言い聞かせるように思った帰路だった。
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午前中にウェブセミナー受講の予定があった僕、
いつもは、僕が運転して車で行くのだが、
妻と、子供たちは、
電車とバスで2時間半、
朝発で妻の実家に向かった。
それで帰りは、
僕は車で迎えに行くというスケジュール。
コロナ騒動以降、
何度かうちの子どもたちだけで行く計画をたてたらしいが、当日になって、熱が出たりとか、風邪ひいたりとか…
距離はあっても同じ都内、
行こうと思えばいつでも行けるという気持ちもあってか、
そんな感じで実現しないうちに、
月日はまた経過し…
今回、何が何でもこの機会に…
という思いで会いに行ったのだが、
その理由は、
義父の病状にある。
半年前に癌が発覚、
その時はステージが低かったものの、
進行性だったのかわずか半年で末期ガン、
余命宣告されてしまった。
孫たちにはずいぶん長いこと会っていなかった義父母、
電話では交流はあったものの、
実際の対面は、4年〜5年ぶり。
娘は、当時大学1年、息子はまだ中学生だったか。
社会人2年目の娘、大学生になった息子、
娘からは、ちょっとお高いうな重お土産に、
また久しぶりの再会に義母は大変喜んでいた。
が、、、
高齢の義父はと言うと…
どうやら、
孫たちの顔を忘れてしまった?🤔
ようで…
何やら、わかっているのだか、わかっていないのだか…
わかってるふりみたいな感じだったそう😓
今年4月に会ったときには、
変わらずハキハキした感じだったが、
電話では、
ここのところ認知症が進んできたのだと言う話は聞いていた。
そんな話を事前に聞かされていた子供たちは、
やはり…な対応に、
複雑な思いだったらしい。
そういう僕も、
会うのは半年ぶり。
実際に、
後からお迎えに行った際には、
「こんばんは」と言う僕に対して、
義父は無反応…
あら?😅と若干戸惑っている僕の横で、
「私の旦那さんですよ〜、わかる?お迎えに来てくれたんだよ」と妻。
「はぁ、どうも」と、
明らかにわかってないのに、わかってる風なごまかし感満載の態度と返事だった。
実は僕、
こういう(自分のことを忘れられた)経験をするのは初めてだった。
他の人から、
認知症にまつわるあれこれの中で、
話には聞いた事はあるが、
実際に体験してみると、
なかなかにショックなものだった。
これは僕の側面の体験だが、
ショックを受けたところで、
どう抗おうとこの状態が変わるものでもない。
考えてみれば、
自分の娘や、孫たちの顔すら忘れているのに、
義理の息子のことをそれよりも色濃く覚えてるはずもないか…😅
と僕は僕なりにその現実との折り合いをつけた。
当の義父からすれば、
知らない人が何人も自分の家にやってきて、
自分が忘れてしまった過去の話などをされて、
ずいぶん迷惑な話だったのかもしれない…
いろいろ良し悪しの価値判断だとかを取払って、ナチュラル、中立に、
「忘れる」ことをみたとき、
ある意味では、
それも悪くない…
とも思える。
僕らは、
過去のしがらみにずいぶん苦しめられているところがあり、おそらくそれは誰にでもあるのだと思う。
いわゆる痛い過去だったり、
後悔だったり、
また、そんな過去の経験に起因するこらこその、未来を憂う気持ちが出てきたりと。
そんなものすら、
忘れてしまい、
存在しなくなった観点というのは、
もしかしたらお気楽、
幸せな境地なのかもしれない。
ストレスフルな現代人が目指すところの、
「今ここ」の立ち位置ともいえるのではないか?
そんなふうにも思える。
もちろん本人がどう捉えているかがすべてではあるが、
煩わしさや、不安から距離が置けているのであれば、
それもまたよし、
ということにはならないだろうか…
帰りの車の中で娘と息子が話していた、
「知らない奴が、家の中に勝手に入ってきたと、怒り出す人すらいるそうだから、わからないながらも、ごまかして、朗らかに迎えてくれただけまだマシか…」
と語り合っていた。
僕はそんな会話を聞きながら、
それなりにショックだったろう、
忘れられた経験に対して、
それぞれに自分なりの折り合いをつけようとしているのだな…
と思った。
起きている事は、ただ一つの事実のみ。
各々がその現実をどう捉え、
どう認識するのかが経験の全て。
そんなことを頭の中に思い浮かべつつ、
以前と比して、
精気こそ落ちた感はあったが、
ほわーっとした穏やかな佇まいでいた義父をみて、
改めて、
それもまたよし、か…
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