今日もこのブログを訪問して下さりありがとうございます!

air_rank 88_31  このエントリーをはてなブックマークに追加

ドツボにハマっている最中でも、
ふと、第三者的に自分を見つめる「自分」に気づく。

そして、
この視点に立てた時に、
自分が何をしていたのか、
に気づく、

過去の自分の行いへの後悔や、
未来への不安、
自分への信頼のなさ、
そんなものに全力で意識を注ぎ込み、
絶望している。

この絶望は誰が作っているのだろうか?

僕はせっせとこの絶望と言う現実を作り出して、それを思う存分味わっている。

こういった流れを、
他人事としてドライに眺めてみると、
「自分がそうしたくてしているんでしょ…😒」
「嫌なら意識を向けなければ良い」
「本人が気づくまで、それはそれでしようがない」
と言う乾いた感想がでてくる。

今の僕に与える言葉としてはこんなものかな、

「考えるな、感じるんだ」

僕のデフォルトが、
考え続ける人だったということに改めて気づく、
もっと言うと、
考え続けていない、それは僕ではない。
それくらいの度合いで、
僕は自分自身を創っていたのだ。
そして、そこから外れることがとても怖かったのだとわかる。

そりゃ苦労するよ、この人。(僕のこと)
と思う。

別に考えていようと、感じていようと、
寝ていようと、ぼーっとしていようと、
僕が僕であることには変わりない。

こうでなくちゃいけない僕などない。

もっと気楽に行こうぜ、俺よ。

残りの人生を、苦悩の中で生きていく、
そんなこと考えただけでぞっとする。

だから、気楽に生きよう。

=================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!

air_rank 88_31  このエントリーをはてなブックマークに追加
=================================