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9月11日、この日がやってくると、やはりあの出来事が頭に浮かぶ。
23年という長い年月が経ったが、あの同時多発テロ事件の衝撃は今でも心に残っている。
さて、時が経つのは早いもので、あの時可愛い盛りだった娘も今や社会人。月日が流れる速さに驚くばかりです。
「大人」と「褒められること」
大人になると、どうだろう?
めっきり褒められる機会が少なくなる。
そんなのに慣れてしまって、
褒められないことが当たり前の日常になっている。
そんなことはないだろうか?
褒められたことをしていない…
という後ろ向きの自負もあるかもしれないが、
子供の頃のことを思い出せば、
全然大した事してないのに、
よく褒められていたものだ。
それでいて子供は素直だから、
褒められたら褒められたで、
得意になって鼻の穴膨らませちゃって、
手放しで喜べるのだ。
大人になったら、
褒められ基準も厳しくなるわけだし、
子供レベルと一緒くたにするなよ😒
同じレベルで褒められるわけがないじゃないか…
って思ってしまうだろう、
確かに、他人から褒められることは少なくなったかも知れない、
さらに、
褒められても気恥ずかしくなって、
「いえいえ私なんてたいしたことないですよ…」とか、、、
謙遜してみたり。
せっかく褒められたのにもかかわらず、
それを条件反射で否定してしまうなんてことも。
褒められる機会も少なくなり、
褒められても否定。
それは、なんとも味気なく寂しいことだ。
話は変わるが、
「褒めますおじさん」
ってご存じだろうか?
“すごくほめます”と書かれた段ボールを持ち路上に立つ。
他人をとにかく褒めて、投げ銭をもらって生活している。
そういう路上パフォーマーだ。
たまたま先日、テレビのドキュメンタリー番組で取り上げられていて知った。
やりたいことをやろうと思って始めたという、
素敵なパフォーマンスだと思った。
褒められた人達はみな、
とても嬉しそう。
褒めている様子を見ると、
褒めどころって沢山あるのだなぁ…
ってそんな感想。
褒められるネタなんて、
どんなことだっていいんだよね、
やはり人間は誰しも認められたり、
褒められたりすることに喜びを感じるものだと思った。
ストレス社会故か、
兎角、自分にも他人の中にも、
あら探しをしてしまいがち。
そんなことから、
職場などでも、
ギクシャクを生み出す場面も目にする。
周りの人に褒める言葉を投げかけることで、
自分の心も相手の心も温かくしあえるような気がする。
それが日常に小さな喜びをもたらしてくれるものになるかもね…
自己肯定感の低い自負のある僕は、
よく自信をなくす。
そんな時には自分自身を褒める、
というか、
褒めちぎるようにしている。
気持ち悪い?😅
いいじゃん、
公開でやっているわけじゃなし。
バカみたいな試みかも知れないけれど、
実際のところ元気になれるよ。
そして、
ちょっとは自信が出てきたりする。
褒めることで生まれるパワーって、
なかなかにすごいパワーだったりする。
枕で語った話、
グァムで足止めをされながらも楽しめたのは、
一種の開き直り、無理矢理な割り切り、
がそうさせたのだと思っている。
あのとき、割り切れた自分についても褒めてあげてもいいのかな、
と思っている。
いかに自分を楽しい気分にさせるか、
他人に迷惑掛けない限り、
手段なんかどうだっていいじゃないか。
そんなふうに思う今日この頃。
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9月11日、この日がやってくると、やはりあの出来事が頭に浮かぶ。
23年という長い年月が経ったが、あの同時多発テロ事件の衝撃は今でも心に残っている。
そして、毎年の恒例となっている僕のまくら書き。
妻と当時1歳の娘と共にグアムへの3泊4日の旅行に出かけた二日目の夜、
世界が震撼したあの瞬間、テレビでは黒煙を上げるワールドトレードセンターの映像が流れ続けていた。
妻と当時1歳の娘と共にグアムへの3泊4日の旅行に出かけた二日目の夜、
世界が震撼したあの瞬間、テレビでは黒煙を上げるワールドトレードセンターの映像が流れ続けていた。
アメリカの航空会社の飛行機はすべて欠航し、僕たち家族も足止めを食らうことに。
当時利用していたのはコンチネンタル航空で、日本に戻るための振替便が手配されるまで、現地に留まることになり。
足止めされていた観光客も日に日に帰国し、現地に残る人数は少なくなっていく。
当時利用していたのはコンチネンタル航空で、日本に戻るための振替便が手配されるまで、現地に留まることになり。
足止めされていた観光客も日に日に帰国し、現地に残る人数は少なくなっていく。
そんな状況で、グアムの現地の方々には大変お世話になりまして、
宿泊費は半額、オプショナルツアーも半額、ご飯は無料という大盤振る舞い。
世界中が騒然としていた中、僕たち家族は少なからずの不安を抱えていましたが、結果として南国の島を満喫できたという経験をしました。3泊4日の予定が、11泊12日という予想外の長旅に変わったというそんな体験談。
宿泊費は半額、オプショナルツアーも半額、ご飯は無料という大盤振る舞い。
世界中が騒然としていた中、僕たち家族は少なからずの不安を抱えていましたが、結果として南国の島を満喫できたという経験をしました。3泊4日の予定が、11泊12日という予想外の長旅に変わったというそんな体験談。
毎年、同じ書き出しになってしまうのですが、
しつこいでしょうか?😅
しつこいでしょうか?😅
さて、時が経つのは早いもので、あの時可愛い盛りだった娘も今や社会人。月日が流れる速さに驚くばかりです。
「大人」と「褒められること」
大人になると、どうだろう?
めっきり褒められる機会が少なくなる。
そんなのに慣れてしまって、
褒められないことが当たり前の日常になっている。
そんなことはないだろうか?
褒められたことをしていない…
という後ろ向きの自負もあるかもしれないが、
子供の頃のことを思い出せば、
全然大した事してないのに、
よく褒められていたものだ。
それでいて子供は素直だから、
褒められたら褒められたで、
得意になって鼻の穴膨らませちゃって、
手放しで喜べるのだ。
大人になったら、
褒められ基準も厳しくなるわけだし、
子供レベルと一緒くたにするなよ😒
同じレベルで褒められるわけがないじゃないか…
って思ってしまうだろう、
確かに、他人から褒められることは少なくなったかも知れない、
さらに、
褒められても気恥ずかしくなって、
「いえいえ私なんてたいしたことないですよ…」とか、、、
謙遜してみたり。
せっかく褒められたのにもかかわらず、
それを条件反射で否定してしまうなんてことも。
褒められる機会も少なくなり、
褒められても否定。
それは、なんとも味気なく寂しいことだ。
話は変わるが、
「褒めますおじさん」
ってご存じだろうか?
“すごくほめます”と書かれた段ボールを持ち路上に立つ。
他人をとにかく褒めて、投げ銭をもらって生活している。
そういう路上パフォーマーだ。
たまたま先日、テレビのドキュメンタリー番組で取り上げられていて知った。
やりたいことをやろうと思って始めたという、
素敵なパフォーマンスだと思った。
褒められた人達はみな、
とても嬉しそう。
褒めている様子を見ると、
褒めどころって沢山あるのだなぁ…
ってそんな感想。
褒められるネタなんて、
どんなことだっていいんだよね、
やはり人間は誰しも認められたり、
褒められたりすることに喜びを感じるものだと思った。
ストレス社会故か、
兎角、自分にも他人の中にも、
あら探しをしてしまいがち。
そんなことから、
職場などでも、
ギクシャクを生み出す場面も目にする。
周りの人に褒める言葉を投げかけることで、
自分の心も相手の心も温かくしあえるような気がする。
それが日常に小さな喜びをもたらしてくれるものになるかもね…
自己肯定感の低い自負のある僕は、
よく自信をなくす。
そんな時には自分自身を褒める、
というか、
褒めちぎるようにしている。
気持ち悪い?😅
いいじゃん、
公開でやっているわけじゃなし。
バカみたいな試みかも知れないけれど、
実際のところ元気になれるよ。
そして、
ちょっとは自信が出てきたりする。
褒めることで生まれるパワーって、
なかなかにすごいパワーだったりする。
枕で語った話、
グァムで足止めをされながらも楽しめたのは、
一種の開き直り、無理矢理な割り切り、
がそうさせたのだと思っている。
あのとき、割り切れた自分についても褒めてあげてもいいのかな、
と思っている。
いかに自分を楽しい気分にさせるか、
他人に迷惑掛けない限り、
手段なんかどうだっていいじゃないか。
そんなふうに思う今日この頃。
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