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天気予報で、
今日の最高気温33度とか、

そういわれても、
「おっ、今日はいくらか涼しいか…」
なんて思ってしまう、

これってやっぱりおかしいことだよね…
と心では思うものの、
実際に体感的にも涼しいと感じてしまうから、
また困惑もする。

かつてとくらべ、
完全に感覚が狂ってしまった。

それはそう、
少し前までは、
連日、最高気温が37度だとか38度だとか、
そんな気温に慣れてしまい、
もう、僕の体感的な「猛暑」の基準が3〜4度上がり、
34度と聞いたって、
心体ともに、べつになんてことなくなってしまう。

つくづく、
人間て、過酷な環境にも、
順応、適応してしまう生き物なのね。
と思ってしまった。

自然に対してはある程度受身にならざるを得ない所もあろうが、
観点を変えてみると、

値上げラッシュに音をあげていた民も、
最近では、諦めとともに静かになり…
辛さに耐えながらもそれに順応してしまう、
そんな僕ら。

この先を考えると、
軽く恐ろしくなることがある。

「順応、適応」って、
何かと肯定的に捉える感はあるけれど、
流石に、
臨界点なり、堪忍袋の緒が切れるポイントとか…
どこかにはあるのだろう…

順応、適応、
それは俯瞰的に観れば、
環境悪化に耐えられる許容が増しただけで、けっして楽になるわけでもない。

肯定的な側面では、
順応や適応できることこそが人間の強みではあるのだろうが、
ただ耐えるだけでは行く末には限界がある。

必要な時には、声をあげ、自分の意志表示はすべきなのかな…と。

順応しすぎず、適応しすぎず、も意図的にしてもいいのではないかと思ってみたり。

僕らは耐えていれば、そのうち寿命が尽きて、
で済むかもしれないが、
それは同時に次世代にはハードルを上げた世界を置き土産にしていくようなもの。

限界を見極めて声を上げていくことはやはり大切だと思う。

たとえばSNSで不満を呟く程度の小さなアクションでもいい、
どんなに小さな声でも、
同じ思いを持つ誰かの心に響くかもしれないから。

超微力かも知れないが、
それが未来を変える力になる可能性もあるのだから。

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