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さて、いくつかの記事を間に挟んだが、
これでこのシリーズは5話目になるが、
今日も、僕の母方のばあちゃんからこどもの頃に聞いたちょっと不思議な話を、
綴ってみようかと思う。
明治生まれの、
僕のばあちゃんが亡くなったのは、
僕が大学を卒業する前の年だった。
もうあれから三十余年が経とうとしている。
人魂の怪
ばあちゃんが結婚前の若かりし頃、
友人と二人で夕刻の道を歩いていたときのこと。
今は東京都文京区音羽。
周りには屋敷なもんだが、お寺なのか…
長い塀の続くところを話をしながら行くと、
青白い光を放つ大きな玉がゆらゆらとやってきたのだそうだ。
(人の頭ほどの大きさがあったということだからけっこうな大きさだ。)
塀の上辺りを、沿うようにゆらゆらふわふわ。
ばあちゃんは心の中で「人魂(ひとだま)だ!」
と思ったそうだ。
すると一緒にいた友人がこう言ったのだそうだ。
「あら気持ち悪い。私、こんなもの見たら死んでしまうかもしれない!」と。
「そんなこと言うものじゃありませんよ。」
とばあちゃんは言ったそうだが、
心中では「なんでこの人はそんなことを言うのだろう?」
と不思議に思っていたという。
そんな経験をした数日後に、
その友人の死の知らせを聞いたのだそうだ。
そのときに人魂(ひとだま)を一緒に見たときのその友人が放った言葉を思いだし、
ゾッとしたという。
ばあちゃんは、この話をするときにこう言っていた。
「あの時に人魂を見た友人が『私、こんなもの見たら死んでしまうかもしれない』って思ったのは心のどこかで自分の死期を知っていたのかもしれないね。」
「虫の知らせだったんだろうね。」
って。
人は同じ場所で同じものを一緒に見ても、
そこに感じることやその意味は人によりまちまちなのだ。
同じ「人魂(ひとだま)」を見るという現実でも、
シグナルとしての意味が人によって違うのだ。
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僕のばあちゃんが亡くなったのは、
僕が大学を卒業する前の年だった。
もうあれから三十余年が経とうとしている。
人魂の怪
ばあちゃんが結婚前の若かりし頃、
友人と二人で夕刻の道を歩いていたときのこと。
今は東京都文京区音羽。
周りには屋敷なもんだが、お寺なのか…
長い塀の続くところを話をしながら行くと、
青白い光を放つ大きな玉がゆらゆらとやってきたのだそうだ。
(人の頭ほどの大きさがあったということだからけっこうな大きさだ。)
塀の上辺りを、沿うようにゆらゆらふわふわ。
ばあちゃんは心の中で「人魂(ひとだま)だ!」
と思ったそうだ。
すると一緒にいた友人がこう言ったのだそうだ。
「あら気持ち悪い。私、こんなもの見たら死んでしまうかもしれない!」と。
「そんなこと言うものじゃありませんよ。」
とばあちゃんは言ったそうだが、
心中では「なんでこの人はそんなことを言うのだろう?」
と不思議に思っていたという。
そんな経験をした数日後に、
その友人の死の知らせを聞いたのだそうだ。
そのときに人魂(ひとだま)を一緒に見たときのその友人が放った言葉を思いだし、
ゾッとしたという。
ばあちゃんは、この話をするときにこう言っていた。
「あの時に人魂を見た友人が『私、こんなもの見たら死んでしまうかもしれない』って思ったのは心のどこかで自分の死期を知っていたのかもしれないね。」
「虫の知らせだったんだろうね。」
って。
人は同じ場所で同じものを一緒に見ても、
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