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「泣かないでね」って。
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巷ではGWなんですね…
こんなに実感の伴わないGWは珍しい😅
とはいえ、例年どこに出かけるわけでなく…
なんとなく過ぎ去ってしまうので、
そういう意味では例年通りなのだろう。
さて、
以前にも記事にしたことがあるものだが、
僕の母方のばあちゃんからこどもの頃に聞いたちょっと不思議な話を、
何回かに分けて綴ってみようかと思うのだ。
ばあちゃんはなんかこう、
こんなに実感の伴わないGWは珍しい😅
とはいえ、例年どこに出かけるわけでなく…
なんとなく過ぎ去ってしまうので、
そういう意味では例年通りなのだろう。
さて、
以前にも記事にしたことがあるものだが、
僕の母方のばあちゃんからこどもの頃に聞いたちょっと不思議な話を、
何回かに分けて綴ってみようかと思うのだ。
ばあちゃんはなんかこう、
悟ったような雰囲氣を持っていた人だった。
当時は誰もがそうだったのかも知れないが、
戦争中には想像を絶する辛い経験をし、
戦争中には想像を絶する辛い経験をし、
さらに可愛い盛りの幼子を3人も亡くした。
晩年も息子に先立たれ…と。
まだまだ他にもあるが、
自分の身内ながら、数奇な運命を背負った人なのだと…
また、現実を静かに受け容れる姿勢はすごいなぁと何度も思ったことがある。
ばぁちゃん子だった僕は、幼いときからばあちゃんに色々な話を聞かせてもらった。
涙を流す観音様
ばあちゃんが幼少の頃。
山形の旧家で育ったばあちゃん、
ばあちゃんの旧姓は「三浦」
家の中には由緒ある品々がたくさんあったのだそうだ。
ばあちゃんの旧姓は「三浦」
家の中には由緒ある品々がたくさんあったのだそうだ。
ところでそのばあちゃんの育った旧家というのは鎌倉時代、
武家三浦一族の末裔なのだそうだ。
武家三浦一族の末裔なのだそうだ。
(僕自身は歴史に詳しくないのだがばあちゃんがいうには…)
鎌倉を追われ、山形にたどりつき、そこで豪農として根を据えたのだそうだ。
ばあちゃんの育った家には立派で大きな仏壇があったそうだ。
そこには古い観音像があって、
いつも話しかけていたという。
いつも話しかけていたという。
「泣かないでね」って。
ん?と思うだろう。
その観音様は、ばあちゃんが正面に向けてやるのに、
いつしか気づくと、
いつも同じ斜めの方向を向いているのだというのだ。
いつしか気づくと、
いつも同じ斜めの方向を向いているのだというのだ。
そして、ちょうど目の辺りから二筋の濡れた線ができているというのだ。
黒い観音像だったので濡れるとその黒味が際だち一目でわかるのだそうだ。
そのことを大人に言うと、
「この観音様はね、鎌倉に帰りたいんだよ。だからこうしていつもね、鎌倉のほうを向いては懐かしんで涙を流しているんだよ。」
「この観音様が向いているのは鎌倉の方角なんだよ。」
と教えてくれたそうだ。
と教えてくれたそうだ。
だからばあちゃんは、子供ながらにその観音様の気持ちを思うと気の毒だったと。
そして可哀想だなぁと思いながら、
いつも涙を拭いてあげていたということなのだ。
いつも涙を拭いてあげていたということなのだ。
涙をながすマリア像なんていうのも聞いたことがある、
ばあちゃんがいう観音像はなぜ涙を流していたのか、
ほんとうところは誰にも解らないが、
その当時の大人達が思ったように、
きっと鎌倉に帰りたかったのだろう。
望郷の念…
聞いていて、
子どもながらにちょっと切なくなる話だった、
そんな記憶がよみがえってくる。
ばあちゃんがいう観音像はなぜ涙を流していたのか、
ほんとうところは誰にも解らないが、
その当時の大人達が思ったように、
きっと鎌倉に帰りたかったのだろう。
望郷の念…
聞いていて、
子どもながらにちょっと切なくなる話だった、
そんな記憶がよみがえってくる。
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