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この世界は、
二元性の世界だから、
どんなものでも、
今観ている側の逆サイドがあるともいえる。
つい先日のブログでは、
「固定観念」
いいじゃねーか、
ていう内容で、
多様化しているんだよ世の中は…
多様化に対応すべき…
って二言目には言われてきるような気分になる、
そんな社会を快く思ってない旨、
書いたかと思う。
でも一方、
今ある現実に不満を持っているのは、
凝り固まった視点でいて、
そこから身動きが取れていない状態だとも言える。
「なんて、自分は不幸なのだ…」
って、自分の不幸に打ちひしがれている人が、
「君のことがうらやましいよ…」なんて、他人から見れば幸せな人に見えたりもする。
「一部分しか見ていないくせに…勝手なこと言うなよ…」
って言いたくなるかもしれないが、
その他人の言う言葉や、観点に、
ハッと気付かされることもある。
僕は今でも人付き合いが苦手だ、
今でこそ、
嘘も方便や、言葉適当に誤魔化す、なんて言う技を多少身に付けてはきたが、
中学の頃から、
そういうのが苦手で、
心で思っていないことと逆の言葉を発したり、
心とは裏腹の態度を装ったり、
なんて、そういうことができなかった。
本音と建前の使い分けができずに、
ズケズケと言う失礼なやつ、
気遣いのできない不遜なやつ、
そんな評価を周りから受け、
孤立している時期もあった。
不器用な奴と言えば、そういう表現になるのかもわからないが。
そんなふうにしてしか、人付き合いがスムーズにできない、
またそれがスタンダードとなっているが故に自分の力ではいかんともしがたい、そんな社会を恨んでいたのかもしれない。
友達は少なかった、
本当に片手で数える位しかいなかった。
数少ない、そんな友達のことを、
自己肯定感の低い僕は、
何を好き好んで、こんな僕に近づいてくるのだろうか…奇特な人もいるものだ😓
なんて不思議に思っていた。
ある時、
思い切って僕は聞いてみたんだ、
「変なことを言うようだけど、こんな変わり者の僕の何が良くて友達になっているのだろうか?」ってね。
つまり、僕の良いところ教えてくれと…
そしたら…
「裏表がなくて信用できるところ。」
という言葉が返ってきたかと思う。
僕にとっては、目から鱗的な言葉だった…
一瞬、何を言われているのかがわからなかった。
何せ、僕にとっては、それが短所だとしか思っていなかったからだ。
本音と建前の使い分けのできない、
社会生活不適合者。それが僕の自己評価だった。
蓼食う虫も好き好きとは言うが😅
良し悪しの観点も、人によりけり。
好みのポイントがみんな違うのだ。
「へぇ〜、それは意外😮」
って友達の返答に対して思わずこんな言葉が漏れてしまったくらいだ。
僕が思い込んでいた短所は、
他人から見たら、長所あるいは魅力的に見える部分だったということで、
物事には、同じ物事でも違う側面もあるのだなと、気づかされた体験だった。
物事や事象においても、
ネガティブにしか感じられないことは多々あることだろう。
そんな現実に対して、
「嫌だなぁ…」
と目を背けたくなることもあるかもしれないが、
そんなネガティブな感覚を得ることは、
ある意味のチャンスでもあったりする。
そこを逆手に取ってやればどうだろう?
必ず違う側面がある。
いまは、僕はそう信じることができるし、
実際にそうなのだ。
今、見ている観点とは、
あえて違う側面を見る。
そこに、
現実を変えるためのヒントが見つかる可能性が多分にあるのではないだろうか。
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この世界は、
二元性の世界だから、
どんなものでも、
今観ている側の逆サイドがあるともいえる。
つい先日のブログでは、
「固定観念」
いいじゃねーか、
ていう内容で、
多様化しているんだよ世の中は…
多様化に対応すべき…
って二言目には言われてきるような気分になる、
そんな社会を快く思ってない旨、
書いたかと思う。
でも一方、
今ある現実に不満を持っているのは、
凝り固まった視点でいて、
そこから身動きが取れていない状態だとも言える。
「なんて、自分は不幸なのだ…」
って、自分の不幸に打ちひしがれている人が、
「君のことがうらやましいよ…」なんて、他人から見れば幸せな人に見えたりもする。
「一部分しか見ていないくせに…勝手なこと言うなよ…」
って言いたくなるかもしれないが、
その他人の言う言葉や、観点に、
ハッと気付かされることもある。
僕は今でも人付き合いが苦手だ、
今でこそ、
嘘も方便や、言葉適当に誤魔化す、なんて言う技を多少身に付けてはきたが、
中学の頃から、
そういうのが苦手で、
心で思っていないことと逆の言葉を発したり、
心とは裏腹の態度を装ったり、
なんて、そういうことができなかった。
本音と建前の使い分けができずに、
ズケズケと言う失礼なやつ、
気遣いのできない不遜なやつ、
そんな評価を周りから受け、
孤立している時期もあった。
不器用な奴と言えば、そういう表現になるのかもわからないが。
そんなふうにしてしか、人付き合いがスムーズにできない、
またそれがスタンダードとなっているが故に自分の力ではいかんともしがたい、そんな社会を恨んでいたのかもしれない。
友達は少なかった、
本当に片手で数える位しかいなかった。
数少ない、そんな友達のことを、
自己肯定感の低い僕は、
何を好き好んで、こんな僕に近づいてくるのだろうか…奇特な人もいるものだ😓
なんて不思議に思っていた。
ある時、
思い切って僕は聞いてみたんだ、
「変なことを言うようだけど、こんな変わり者の僕の何が良くて友達になっているのだろうか?」ってね。
つまり、僕の良いところ教えてくれと…
そしたら…
「裏表がなくて信用できるところ。」
という言葉が返ってきたかと思う。
僕にとっては、目から鱗的な言葉だった…
一瞬、何を言われているのかがわからなかった。
何せ、僕にとっては、それが短所だとしか思っていなかったからだ。
本音と建前の使い分けのできない、
社会生活不適合者。それが僕の自己評価だった。
蓼食う虫も好き好きとは言うが😅
良し悪しの観点も、人によりけり。
好みのポイントがみんな違うのだ。
「へぇ〜、それは意外😮」
って友達の返答に対して思わずこんな言葉が漏れてしまったくらいだ。
僕が思い込んでいた短所は、
他人から見たら、長所あるいは魅力的に見える部分だったということで、
物事には、同じ物事でも違う側面もあるのだなと、気づかされた体験だった。
物事や事象においても、
ネガティブにしか感じられないことは多々あることだろう。
そんな現実に対して、
「嫌だなぁ…」
と目を背けたくなることもあるかもしれないが、
そんなネガティブな感覚を得ることは、
ある意味のチャンスでもあったりする。
そこを逆手に取ってやればどうだろう?
必ず違う側面がある。
いまは、僕はそう信じることができるし、
実際にそうなのだ。
今、見ている観点とは、
あえて違う側面を見る。
そこに、
現実を変えるためのヒントが見つかる可能性が多分にあるのではないだろうか。
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