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連日大量に送られてくる、
魚住りりからのメールにゲンナリしている僕です😒(わかる人にはわかるね、魚住りり💦)

さてさて、

M-1観てたよ、
クリスマスイブ、
リアルタイムで、

令和ロマン優勝、

面白さって、
発信する側だけじゃなく
受け取る側の感性に依るものも大きい、
というか、
そこが全てなんじゃないかな?

いろいろな観方があるのだと思う。

僕は笑いの沸点が高すぎて、
ちょっとやそっとでは笑わない、
クソつまらないやつなので、
マッチする笑いに出会うのが稀有なことだが、
たまにガッチリツボにハマることもある、

そんな僕ではあるが、
たまにヒットする笑いを求めてか😅
結構お笑い番組をよく観る方だ💦

で、
お笑いの評価に関して、
はて?と思うことがたまにある。

かつて、
やはり何かのお笑いコンテスト的な番組で審査員が言っていたのは、
「あそこの間が、ねぇ…
あと0.1秒変わってたらまた違った反応があったんじゃないかと思います」
なんてね、
分析して語るのだけど…

わかるよ、
そういうのもあるだろうことは、

まぁ、審査員なら審査員と言う役割の観点でものを語る、まぁ語らなくてはいけない立場なのだろうけど、

それ聞かされたところでねぇ…💦
って、
引いてみている、

あくまでも個人的には、
という話だけど、

最終的には、
お笑い論を
論じてみて何の意味があるのだろう?
って思ってしまう…

そもそも、お笑いの一番を決めることに、
どれほどの意味があるのだろう?なんて観方だって出てくる。

今回のM-1だって、
審査員のメンバーが変われば、
どんな結果になっていたかだってわからない。

同じ漫才を見ても、
ある人は面白いと言い、ある人はつまらないと言うかもしれない…

結局は、各々が自由勝手に決めることであって、
そこに良い悪いも何もない。

僕がお笑い論的なものに、
抵抗を感じるのは、
あーわかったわかった、
俺の好きに観させて〜
という、
僕なりの自由な観点への邪魔が入るような感覚(これも僕の勝手な受け取り方なのだけど…)そこにあるのかもしれない。
と思った。

もちろん、
論じている人も邪魔をする気など毛頭もない事もわかっている…

そんなふうに思ったところで、

あー、そうか、、、

僕は自分なりの観点でこの世界の出来事を「決める」ことを楽しんでいるのだな、
ということに気づいた。

どのように経験するか、
その自由さにだ。

結局のところ、僕も、こうやって文章にして、自分の考えを論じているに過ぎない😅
で、
僕のこの文章を見て、
うるせえな黙ってろよ…
と思っている人もいるに違いない。

それでいいのだ😆

みんな好き勝手なことを思って決める
この世界はそんな世界なのだね。

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