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気がつけば、
このブログ「素晴らしい日々〜Splendid days」
開設が2004年の8月17日なので、
開設から丸19年経過、
そして20年目に入ったということになる😆

振り返れば、
三日坊主の僕がまぁよくも😅
と思ってしまう。

20年目の当ブログ、
引き続きご贔屓のほど、
よろしくお願いします😆

さて、、、、

ドイツで高齢のドライバーが道路の工事現場に激突!
幸い無傷だったらしいけどね。

その原因がマヌケなんだ…

カーナビの指示を信じて、交通標識も注意掲示も見ないで、
ひたすらカーナビの指示の通りに走ったというのだから。

こんなニュースを見て「馬鹿だねぇ〜」なんて言っている人もいるだろう。

どうだろう?
「カーナビが悪い!カーナビの責任だ!」という人がいるだろうか?
たいていの人はドライバーの責任だというだろうね。
信じて行動した人の責任だということは言うまでもない。

でも僕らといったら…
自分の行動に責任を持たないことが多々ある。
「だって、誰々がしなさいって言ったんだもん!」
「僕に指示した人が悪いんだ。」
とかね…
「あの状況じゃ、しょうがなかったんだ。」
など…

でもさぁ、どんなに言い訳しようとも、
行動、つまり自分をハンドリングしているのは僕ら自身なのだ。
それは紛れもない事実だ。

先の話に戻してみよう。
ここから仮の話だが…
事故を起こしたドライバーがこう言った。
「カーナビが悪い!カーナビの責任だ!」
「カーナビが指示しなければ俺は事故を起こさなかったはずだ!」ってね。

仮にカーナビがしゃべれたとしたらどんなこと言うかな?
「いいや、私は責任なんて取りませんよ。」
「私のデータでは道があることになっていたんです。そのデータに沿った適切な指示をしたまでです。言わば私は正しいのです。」
「もっと言うならば、あなたには私の指示に従わないという選択肢もあったわけです。」
「それは誰にも強制されるわけではなく、自由意思です。」
「その自由意思のもとで決めたあなたの責任と言えませんか?」

ここまで言われればぐうの音もでないだろう。

つまり何が言いたいのかといえば、
僕らは誰からも強制されるわけではなく、
自分が信じた結果の行動を常にしているのだ。
その「行動の責任は自分にあり」ということなのだ。

他人のせいにして、自己の責任を否定することは簡単なことなのだ。
楽なゆえに、つい、やっちゃうんだよね、
責任転嫁。

「行動の責任は自分にあり」
やっぱりそうなのだ。

ってね、
実はこの記事、
17年前にこのブログで綴ったもの。😅


現在の観点の僕が付記してみると、

家庭環境のせい、
毒親のせい、
社会のせい、
ダメな政治のせい、
なにか、あるいは、誰か、のせいにしようと思えば、
数限りなくいくらでも出てくる。

自分にも言い分はあろうが、
責任を転嫁している相手の方にもきっと言い分はあるのだろう。
最終的には水掛け論に終わる公算が大きいだろう。

自分で選んだ結果がいま自分がみている現実、
って考えるなら、
“いま”自分の舵取りを意図的に行えば、
自分の見る世界は変えられる、
ということだよね?


ブログも19年もやっていれば、
記事数もなかなかに膨大なわけで、
ましてや僕のブログのようなこういったエッセイ記事なんて、
埋もれてしまえば誰の目にもとまらない。

そんなことから、
横着とか、手抜きという意味でなく、
いまの観点も付記して、
以前に綴った記事の掘り起こしなんてのもありなんじゃない?
なんて思ったことから、
テスト的にあげてみたの。

どうだろうか…

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