今日もこのブログに訪問して下さりありがとうございます!😊

air_rank 88_31  このエントリーをはてなブックマークに追加

誰もが知るあのお昼のバラエティ番組
「笑っていいとも!」
あの番組も終わってからもぅ久しく経つね。

別にそれについて書こうと思っていたわけではないのだけど、

ネーミング意図は敢えて無視して、
「笑っていいとも!」って…
「わらってもいいんだよ!」という許容と、
「存分にそうしていいんだよ!」という遠慮なく自由にやりなさい的後押しが合わさったフレーズなんじゃないのかな?🤔
となんとなく思ったのだった。

そういえばなぁ、、、
子供の頃の僕を今振り返ってみると、
何かと周りに許可を求めていたような気がする。
「○○してもいい?」
っていうような感じで…

生きる姿勢の表れみたいなもので、
自主性なし、
それに伴って自信もなし、

だから、
「こうしてみたら?」
と言われれば、なんとなくそれに従ってみたり、
「やっぱりああしてみたら?」なんて言われたら、
僕もまたそれに合わせてそれになびくというような…

自由奔放に自分の人生を生きていなかった。

まぁそれはそれで、
自分の行動に責任を取りたくなかったのか、
他人の意見になびくこと、それが楽だと思っていたのか、
今となっては思い出すことができないが、
実際にはそんな子供時代だったように思う。

しかしそんな子供時代を過ごした僕にも、
その後に、
今思えば不思議なくらい、
自信満々な時代もあったのだ。

「もう俺はなんでもできる!」って😆
あれは自信というより、過信に近かったのかもしれないが、実際にそういうふうに思っていたのは確かなことだった。

言ってみると、
理由のない確信みたいな…

そんなふうに自信満々で、
世間的に言うブイブイいわせていた頃😅
のこと、
高校時代の同窓会があった。

僕自身は、
「どう?変わった僕を見てみなさい!😌」
という意識は全くなかったつもりだが、
高校生時代の僕とはあまりに違う佇まいや、言動が、自信満々さを滲み出させていたようで。

それが不快に思われたのかな?
「ひでぴん君ってそんなんじゃなかったよね…😅」
「何か変わったね😒」とか、
「なんかその自信にあふれてるところがムカつく😕」
とか言われた覚えがある。

旧友らのそれら反応にその時は、
ふーん、そうか…
人は、他人には変わって欲しくないものなのか🤔って、思って、
その時はその時で僕自身は自然な振る舞いだと思っていたのだが、僕はこうであってはならないのかな?なんて、
そんな思いがしてきて、
なぜだかひるんでしまった。

子供の頃の、過去のトラウマみたいなものが、
顔をもたげたようで…
しばらく、自分のあり方について悩んでしまった。

しかし考えてみれば…
誰に遠慮して生きなければいけないわけではない。ましてや僕の過去のイメージしか想像できないような人たちに。
いちいち他人にとやかく言われる筋合いも無いのだ。

現状に満足して生き生きとしているのがなぜ悪い?
変化の質にもよるかもしれないが、
変化した他人を見て不快に思うのは、
変わりたいのに変われない自分を認識し、
それが惨めなものだから、
いわゆるひがみみたいなものの一種なのかな?
そう思ったのだった。

人は変わってもいいんだよ。
誰にも遠慮する必要なんかないんだ。

ということで、
変化することに躊躇している人に
「変わっていいとも!」
と言いたい。

実は、僕はいま、
心底自分の人生を変えたいと思っている。

ついこの間まで、
自分が変われない理由をいろいろ、あれこれと探していたのだったが、

そんなふうに足踏みしている自分に叱咤激励の意味合いも込めて、
自分へのメッセージ。

=================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!😃

air_rank 88_31  このエントリーをはてなブックマークに追加
=================================