今日もこのブログに訪問して下さりありがとうございます!😊

毎日ブログを綴っている俺ってすごいじゃん!😆
とか、たまに思う。
なぜかって…
かつては文章を書くことが大嫌いで、
作文の宿題なんか出されようものなら、
知恵熱を出すくらいなレベル😅
そんな少年だったのに…
それと比べれば格段に成長したなぁと😅
子供の頃に作文が大嫌いだったという人、
意外と多いのではないだろうか?
僕がほんとに作文書くのが大嫌いだったので、
勝手にそう思っているのだが…💦
大体、何を書いていいのかがわからないのだ。
作文のタイトルが決まっているものがあれば、とりあえずタイトルと自分の名前だけは書く。
が…
そこから後を書き出すまでがもう大変😓
そんなだから、苦手意識も相まって、
俺は作文書けない…
っていう信念みたいなものが植え付けられていったのかもしれない。
作文=苦しみの果てに完成させるもの。
ってね😱
夏休みの宿題で出される、絵日記ですらまともに書けなかったし…
特に読書感想文とか大の苦手だったなぁ。
昔はなんであんなに嫌いだったのだろうか?
今思うと、
「書かされている感」が嫌だったのかもしれない?
そもそもが自分で書きたいことじゃないのだし。
さらに僕の性格上の根本的な問題として、
自分の意見や思いを他人に伝えることが苦手だった。
あの頃、自分の全てに自信がなかったのだ。
作文や、感想文が他の人からどう思われるのだろうか?なんて…評価のことも気にしていたっけな。自信がない人の思考というのはそんなもの。
なんとなくそんな記憶が蘇って、
苦笑い。
今は、毎日ブログ記事を書いているくらいだから、別に苦にもならない。
思ったこと、書きたいことを書く。
それでいい…
僕はいつからこんな風になれたのかな?
数少ない僕の友達の中で、
僕の何に惹かれたのかは知らないが、
僕の考え方や発する言葉にとても興味を持ってくれるやつがいた。
そして感心するのだ。
「へー、目から鱗だよ」とか「その考えを参考にする」とか言っちゃって💦
あ、そうなの。って、発言者の僕がピンときていない、最初のうちはそんな感じ😅
目上でも目下でもなく、
同じ立場の友達から、
損得勘定なしで認めてもらえたというのが大きかったのかもしれない。
「あぁ自分は自分、他人は他人、それでいいんだ」って気づいた。
意識の転換というか…
今思えば当たり前のことなのだけど。
それが機だったのか?
そんなふうにして何となく自信を持てるようになった時期があったんだよね。
作文や、感想文について今の僕の意見を言わせてもらえれば、
人それぞれ書く意味が違うのだ。
読書感想文だって、
自分がどんな感想を持とうと関係ないだろうし、それを他人に聞かせる必要もない。
評価の対象になどすべきでない。
学校でこんな課題を強いるのは早く止めるべきだ。
ある程度の学年になれば、作文の書き方などを授業でやる。
お決まりの「起承転結」とかね。
読ませるテクニックとしてはそういうのもありなのかと思うけど、
そんなのもどうでもいいと思ってる。
書きたいことを気兼ねなく自由に書ける、
それが楽しい、面白い。
そういう気持ちが持てるよう、
気づかせてあげることは大事なのだと思う。
何か偉そうなこと言ってしまったかも💦
言っておくけど、決してモノ書き気取りしているわけではないからね😅
なにせ、
僕は今でも書かされる原稿は嫌いだからね。
=================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!😃

=================================


毎日ブログを綴っている俺ってすごいじゃん!😆
とか、たまに思う。
なぜかって…
かつては文章を書くことが大嫌いで、
作文の宿題なんか出されようものなら、
知恵熱を出すくらいなレベル😅
そんな少年だったのに…
それと比べれば格段に成長したなぁと😅
子供の頃に作文が大嫌いだったという人、
意外と多いのではないだろうか?
僕がほんとに作文書くのが大嫌いだったので、
勝手にそう思っているのだが…💦
大体、何を書いていいのかがわからないのだ。
作文のタイトルが決まっているものがあれば、とりあえずタイトルと自分の名前だけは書く。
が…
そこから後を書き出すまでがもう大変😓
そんなだから、苦手意識も相まって、
俺は作文書けない…
っていう信念みたいなものが植え付けられていったのかもしれない。
作文=苦しみの果てに完成させるもの。
ってね😱
夏休みの宿題で出される、絵日記ですらまともに書けなかったし…
特に読書感想文とか大の苦手だったなぁ。
昔はなんであんなに嫌いだったのだろうか?
今思うと、
「書かされている感」が嫌だったのかもしれない?
そもそもが自分で書きたいことじゃないのだし。
さらに僕の性格上の根本的な問題として、
自分の意見や思いを他人に伝えることが苦手だった。
あの頃、自分の全てに自信がなかったのだ。
作文や、感想文が他の人からどう思われるのだろうか?なんて…評価のことも気にしていたっけな。自信がない人の思考というのはそんなもの。
なんとなくそんな記憶が蘇って、
苦笑い。
今は、毎日ブログ記事を書いているくらいだから、別に苦にもならない。
思ったこと、書きたいことを書く。
それでいい…
僕はいつからこんな風になれたのかな?
数少ない僕の友達の中で、
僕の何に惹かれたのかは知らないが、
僕の考え方や発する言葉にとても興味を持ってくれるやつがいた。
そして感心するのだ。
「へー、目から鱗だよ」とか「その考えを参考にする」とか言っちゃって💦
あ、そうなの。って、発言者の僕がピンときていない、最初のうちはそんな感じ😅
目上でも目下でもなく、
同じ立場の友達から、
損得勘定なしで認めてもらえたというのが大きかったのかもしれない。
「あぁ自分は自分、他人は他人、それでいいんだ」って気づいた。
意識の転換というか…
今思えば当たり前のことなのだけど。
それが機だったのか?
そんなふうにして何となく自信を持てるようになった時期があったんだよね。
作文や、感想文について今の僕の意見を言わせてもらえれば、
人それぞれ書く意味が違うのだ。
読書感想文だって、
自分がどんな感想を持とうと関係ないだろうし、それを他人に聞かせる必要もない。
評価の対象になどすべきでない。
学校でこんな課題を強いるのは早く止めるべきだ。
ある程度の学年になれば、作文の書き方などを授業でやる。
お決まりの「起承転結」とかね。
読ませるテクニックとしてはそういうのもありなのかと思うけど、
そんなのもどうでもいいと思ってる。
書きたいことを気兼ねなく自由に書ける、
それが楽しい、面白い。
そういう気持ちが持てるよう、
気づかせてあげることは大事なのだと思う。
何か偉そうなこと言ってしまったかも💦
言っておくけど、決してモノ書き気取りしているわけではないからね😅
なにせ、
僕は今でも書かされる原稿は嫌いだからね。
=================================
よろしければ応援のワンクリック!をお願い致します!😃
=================================


コメント