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僕は猫派🐈
母が猫好きだというともあり、
子供の頃は多い時で十数匹の猫と一緒に暮らしていた。
そんなことから自然にそうなったのだろう。
そんな猫たちとのコミニュケーション、
こちらは人間の言語、あちらは猫語、本来であれば言語的コミュニケーションはできないのだろうけど、こちらが話す人間語も猫たちはほぼ理解していたし、僕も僕で「ニャン」のトーンでなんとなくわかるもの。
不思議とお互いの意思の疎通はできていた。😅(ペットを飼ったことがある人だったらみんなそんなものなのかな…🤔)
しかし、うちの母は、そんなものではない。
ちなみに今でも猫がらみの活動がライフワークの一つ。地域猫保護の活動であったりとか、猫の里親探しの活動なんかにも携わっている。筋金入りの猫派なのだ。
そこら辺の野良猫(まぁ言わせると地域猫だと言うのだが😅)は、母が来れば、ばーっとどこからともなく集まってくる。猫たちも、私の話を聞いてー、僕の話も聞いてーってな具合にね。そしてその猫たちと、普通に会話してるのだ。
僕がちょっとびっくりしたのは、
そうだなぁ…家から人間の足で2〜30分ていう場所でのこと。昔に、フラーっと家に来て、母がよくご飯をあげていた猫がいた。
活動場所を移したのかもう何年も顔を見ていなかったそんな猫に出会したことがあった。
母はその猫に向かい、
「あら、久しぶりねー、元気だった?」
「ニャーん」
「あなただいぶ痩せちゃったんじゃないの?ご飯ちゃんと食べられてるの?」
「お腹空いたらいつでも家にご飯食べにおいでねー、じゃあね」
「んニャー」
と母と猫との会話。
猫と相対する母はいつもこんな感じ💦
母と一緒にいるときには、人目もはばからずに大声で猫と会話を始めるので、周りの視線を感じ、僕はちょっと恥ずかしい思いをすることが多々ある。😅
それでその話の続きなのだけど、
不思議なことに、母が話しかけた猫が、次の日にはご飯を食べに来たのだ。
母も母で、
「あら早速来てくれたのねー」
「美味しいのあるからちょっと待っててね…」
なんて具合に。
さすがに、面識があるとはいえ、数年間も会っていない、野良猫との会話がちゃんと通じていることにびっくりしたことがある。
まぁ普通に考えたら、言葉が違うんだから会話が成立するわけないだろ?というところなのだろう。
しかし母には「そんなの関係ねー」どころか、
会話が成立する事は自分でも経験済みだし、
むしろ疑うことを知らず、確信している。
そんなものなのかもね。
そして関連してこんなことを思い出した。
娘が3歳位の頃、家族でハワイ旅行に行った。
そこで水族館に行ったのだが、娘は、同じ位の歳だろうか金髪の女の子に日本語で普通に話しかけ、相手の子も英語で返していて、そんなやりとりをしばし…😅
なんだかわからないけど2人で大笑いしあっていた、
そんな光景を思い出した。
僕ら夫婦は、それがとても不思議に思えて、
後から娘に「あの子と何話してたの?」と聞いたら、
「私がこう言ったら、あの子はこんなこと言って…」みたいに、
ちゃんと会話が成立していたのだという。
きっとあの時の娘は、あの金髪の女の子と使う言語が違うのだから会話が通じないなんていう考えすら一切なかったのだろう、
大人になるにつれ、考えが固定してしまうさまざまなバイアスが効いちゃって、できないことが増えていくのかもしれない。
コミニケーションの限界って、自分の考えや意識が勝手に作っているだけなのかもね。
そんなことから、
コミュニケーションについてもそうだが、
それ以外の事でも、
固定観念をどんどん外していったら、できることがめちゃくちゃ増えていくんじゃないのかなぁ🤔
なんて思うのだ。
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僕は猫派🐈
母が猫好きだというともあり、
子供の頃は多い時で十数匹の猫と一緒に暮らしていた。
そんなことから自然にそうなったのだろう。
そんな猫たちとのコミニュケーション、
こちらは人間の言語、あちらは猫語、本来であれば言語的コミュニケーションはできないのだろうけど、こちらが話す人間語も猫たちはほぼ理解していたし、僕も僕で「ニャン」のトーンでなんとなくわかるもの。
不思議とお互いの意思の疎通はできていた。😅(ペットを飼ったことがある人だったらみんなそんなものなのかな…🤔)
しかし、うちの母は、そんなものではない。
ちなみに今でも猫がらみの活動がライフワークの一つ。地域猫保護の活動であったりとか、猫の里親探しの活動なんかにも携わっている。筋金入りの猫派なのだ。
そこら辺の野良猫(まぁ言わせると地域猫だと言うのだが😅)は、母が来れば、ばーっとどこからともなく集まってくる。猫たちも、私の話を聞いてー、僕の話も聞いてーってな具合にね。そしてその猫たちと、普通に会話してるのだ。
僕がちょっとびっくりしたのは、
そうだなぁ…家から人間の足で2〜30分ていう場所でのこと。昔に、フラーっと家に来て、母がよくご飯をあげていた猫がいた。
活動場所を移したのかもう何年も顔を見ていなかったそんな猫に出会したことがあった。
母はその猫に向かい、
「あら、久しぶりねー、元気だった?」
「ニャーん」
「あなただいぶ痩せちゃったんじゃないの?ご飯ちゃんと食べられてるの?」
「お腹空いたらいつでも家にご飯食べにおいでねー、じゃあね」
「んニャー」
と母と猫との会話。
猫と相対する母はいつもこんな感じ💦
母と一緒にいるときには、人目もはばからずに大声で猫と会話を始めるので、周りの視線を感じ、僕はちょっと恥ずかしい思いをすることが多々ある。😅
それでその話の続きなのだけど、
不思議なことに、母が話しかけた猫が、次の日にはご飯を食べに来たのだ。
母も母で、
「あら早速来てくれたのねー」
「美味しいのあるからちょっと待っててね…」
なんて具合に。
さすがに、面識があるとはいえ、数年間も会っていない、野良猫との会話がちゃんと通じていることにびっくりしたことがある。
まぁ普通に考えたら、言葉が違うんだから会話が成立するわけないだろ?というところなのだろう。
しかし母には「そんなの関係ねー」どころか、
会話が成立する事は自分でも経験済みだし、
むしろ疑うことを知らず、確信している。
そんなものなのかもね。
そして関連してこんなことを思い出した。
娘が3歳位の頃、家族でハワイ旅行に行った。
そこで水族館に行ったのだが、娘は、同じ位の歳だろうか金髪の女の子に日本語で普通に話しかけ、相手の子も英語で返していて、そんなやりとりをしばし…😅
なんだかわからないけど2人で大笑いしあっていた、
そんな光景を思い出した。
僕ら夫婦は、それがとても不思議に思えて、
後から娘に「あの子と何話してたの?」と聞いたら、
「私がこう言ったら、あの子はこんなこと言って…」みたいに、
ちゃんと会話が成立していたのだという。
きっとあの時の娘は、あの金髪の女の子と使う言語が違うのだから会話が通じないなんていう考えすら一切なかったのだろう、
大人になるにつれ、考えが固定してしまうさまざまなバイアスが効いちゃって、できないことが増えていくのかもしれない。
コミニケーションの限界って、自分の考えや意識が勝手に作っているだけなのかもね。
そんなことから、
コミュニケーションについてもそうだが、
それ以外の事でも、
固定観念をどんどん外していったら、できることがめちゃくちゃ増えていくんじゃないのかなぁ🤔
なんて思うのだ。
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コメント
コメント一覧 (2)
ろう者の友達はみんな世界中どこの国に行ってもコミュニケーション出来て苦労しないって言っていました。
目を合わせてジェスチャーで通じるので困ったことがないそうです。
しいて言えば日本にいる時のほうが目が合わないし逃げられてコミュニケーションに苦労するようです。
ひでぴん
が
しました