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最初に見たときには
「なんだこりゃ?」
と理解に苦しむようなカルチャーも、
時の流れと共に慣らされるせいだろう、
それが普通の日常になっていく。

今でこそ、
ダメージジーンズ
というフレーズも、何を指してそういうのかなど、みんなが知るところとなり、

見た目ボロボロのジーンズも、
あーこれもファッションのうちなのね😅
と理解できる。

あれは…
ダメージジーンズなんていう言葉もまだできていない頃だった。
僕の友達に先進的?なファッションを好む奴がいた。

まさに今で言うところのダメージジーンズ、
膝の部分は裂け、あちらこちらの糸はほつれ、
おまけに、Tシャツも裏返して着るなど…

あの当時は、
傍目から見たら
ただの貧乏でだらしない若者としか観られなかっただろう😓

当時の僕も、
「これ(そのファッション)の何がいいの?」
と聞いて、また真剣に理解しようとしたものの、とうとう理解できないままだった。

まぁそれは「感性」だから人それぞれ違うので、元からそういうものなのだろうけど。

その頃、彼が苦笑いして話してくれたこと…

「俺こんな格好してるじゃん?だからさぁ、お金がなくてこんなのはいていると思われてね、
この前見知らぬおばちゃんに声かけられて、よっぽど哀れにみえたんだろね、『息子のお古でよかったら履きますか?』って言われちゃってさぁ😓」
って。

違うんだよなぁ…💦と思いつつも親切心から言ってくれた言葉なのでそこはありがたかったのだけど、

自分は好きでこういう格好していて、これはファッションで…なんて説明するのもめんどくさいので、
感謝の意は伝えて丁重にお断りしたらしい。😆

なんか変な罪悪感みたいなものは持ってしまうわ、
「良さ」の基準は人それぞれなのになぁ…
と思いつつも、
異端児として目立っていることを痛切に感じたと言う。

それでも、自分がイイ!と思ってしているファッションを誤解を恐れず貫き通した彼は、なかなか勇気があったのだと思う。

彼からすれば、あの頃に誰からも認められなかった感性が後々認められたという、
後から世の中が追いついてきた感は、
また僕らとは違った特別なものがあったのだろうと思う。

かなり個性を認められる時代になったとはいえ、
今でも、
他人と違ったことをするって、
特にこの日本だと、
変な目で見られがち。

先駆者の勇気?なんてあまり考えたこともなかったが、

今、世の中で当たり前と思っている、
または流行しているものは、
少なからず、そんな先駆者の葛藤や、勇気も土台になっているのだなぁと感じたのだった。

デザインについてもそうだよね。
車のモデルチェンジなんかで、
けっこうなデザインチェンジが行われると、
慣れたスタイルからの違和感からか、
思わず、「何これ? 」「かっこ悪りぃ…」なんて声も多いだろう。
当然、デザイナーも批判されたりしたのだろう。しかし、いつしか当たり前になって全く違和感を感じなくなる。
そんなのの繰り返しなのかな。🤔

立ち返って思うに、
そもそも、
個性もいろいろ。
感性を他人に理解してもらおうなんていう努力が必要なのだろうか?

変な言い方になってしまうが、
ここは(他人に危害を加えるようなものでなければ)
「自分さえよければ他人なんてどうでもいい」
でもいいのかもね。😅

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