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もうずいぶん昔の話になるが、
今の僕と同じ歳に、
母方の叔父が亡くなった。
体調がおもわしくないと言っていたが、
なかなか病院にかからなかった叔父。
ある日、
歩くのにも大変な状態になったので、病院に連れて行ってほしいと頼まれた。
たまたまその時、ばあちゃん(叔父の母)は「カレイの煮付けを拵えたので、K(叔父)に持っていっておくれ」と、僕にその煮魚を持たせた。
僕が学生の頃で、
当時買ったばかりの中古車で、
その叔父を向かえに行き、
出かける準備を待って病院に連れて行った。
しかしながら、
すぐに車椅子に乗せられ、
その日に即入院。
病院から公衆電話でそのことを連絡すると、
ばあちゃんの口調はなにかを予感したのか、悟ったような感じだった。
何日かかけ、
いくつかの検査を経た結果が出た。
病院からばあちゃん宛てに連絡があり、
呼び出された。
僕はその時のことを鮮明に覚えている。
ばあちゃんはその時、
すべてを悟ったらしく…
また、
今になっても不思議な、
こんなことも言っていた。
「病気の息子に魚の煮付けを持たせるとその息子はもう助からないんだ。馬鹿なことをしたもんだ…持たせるんじゃなかった…」
と、ため息をつきながらそう語っていた。
病院に行き、担当医の話を聞くと、
案の定。
「ご高齢のお母様にこのようなお話をするのはとても心苦しいのですが…」と前置きし、
叔父が末期の肝臓癌であることが告げられた。
肝臓の90%以上ががん細胞に侵されていて、もう手の施しようがないと…
当時80歳を過ぎていたばあちゃん、
戦争も経験し、いろいろな辛い思いもしてきただろうが、
それまでの何よりもこの宣告は辛かったようだった。
当時は、がん宣告など
患者本人に告げられることなどなく、
家族がこっそり呼ばれ、そこで告げられる。
そしてこの事実を本人にはひた隠しにするのだ。
叔父は、入院して間もない頃には、
病気が克服できるものと思っていたようで、
「桜が咲く頃には家に帰れるかな…」「がんばって病気に勝たないと!」なんていっていた。
それを聞くのもまた辛かっただろうね…
結局、叔父はその年を越すことができずに、
入院からわずか2週間で帰らぬ人となった。
今の僕と同じ歳だったのか…と思うと、
無念だっただろう…とか、いろいろ考えさせられる。
さて、
僕がいまでも不思議に思っているのは、
ばあちゃんが呟くように言ったあの言葉だ。
「病気の息子に魚の煮付けを持たせるとその息子はもう助からないんだ。馬鹿なことをしたもんだ…持たせるんじゃなかった…」
という。
そういう言い伝えでもあるんだろうか?と思っていた。
ばあちゃんにもこのことを聞かず仕舞いだった。
最近、これがふと気になって、
このことをネットで調べてみたのだが、
いろいろ検索ワードを変えてもみたりしたが、
これに関する情報も、類する情報もみつからなかった。
母親が病気の息子に魚の煮付けをもたせると助からない?
あれは何だったのだろうか?
でも僕は確かにばあちゃんからこの話を聞き、
同時に、諦めて悟ったような顔も見ているのだ。
ただ不思議だなとは思う。
どなたかそんな言い伝えみたいな話を聞いたことがある人は教えてほしい。😅
最後に、、、
その亡くなった叔父はかなり霊感のあった人で…
叔父の亡くなった後の僕の不思議体験について触れた記事もここに載せておくことにしよう。
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もうずいぶん昔の話になるが、
今の僕と同じ歳に、
母方の叔父が亡くなった。
体調がおもわしくないと言っていたが、
なかなか病院にかからなかった叔父。
ある日、
歩くのにも大変な状態になったので、病院に連れて行ってほしいと頼まれた。
たまたまその時、ばあちゃん(叔父の母)は「カレイの煮付けを拵えたので、K(叔父)に持っていっておくれ」と、僕にその煮魚を持たせた。
僕が学生の頃で、
当時買ったばかりの中古車で、
その叔父を向かえに行き、
出かける準備を待って病院に連れて行った。
しかしながら、
すぐに車椅子に乗せられ、
その日に即入院。
病院から公衆電話でそのことを連絡すると、
ばあちゃんの口調はなにかを予感したのか、悟ったような感じだった。
何日かかけ、
いくつかの検査を経た結果が出た。
病院からばあちゃん宛てに連絡があり、
呼び出された。
僕はその時のことを鮮明に覚えている。
ばあちゃんはその時、
すべてを悟ったらしく…
また、
今になっても不思議な、
こんなことも言っていた。
「病気の息子に魚の煮付けを持たせるとその息子はもう助からないんだ。馬鹿なことをしたもんだ…持たせるんじゃなかった…」
と、ため息をつきながらそう語っていた。
病院に行き、担当医の話を聞くと、
案の定。
「ご高齢のお母様にこのようなお話をするのはとても心苦しいのですが…」と前置きし、
叔父が末期の肝臓癌であることが告げられた。
肝臓の90%以上ががん細胞に侵されていて、もう手の施しようがないと…
当時80歳を過ぎていたばあちゃん、
戦争も経験し、いろいろな辛い思いもしてきただろうが、
それまでの何よりもこの宣告は辛かったようだった。
当時は、がん宣告など
患者本人に告げられることなどなく、
家族がこっそり呼ばれ、そこで告げられる。
そしてこの事実を本人にはひた隠しにするのだ。
叔父は、入院して間もない頃には、
病気が克服できるものと思っていたようで、
「桜が咲く頃には家に帰れるかな…」「がんばって病気に勝たないと!」なんていっていた。
それを聞くのもまた辛かっただろうね…
結局、叔父はその年を越すことができずに、
入院からわずか2週間で帰らぬ人となった。
今の僕と同じ歳だったのか…と思うと、
無念だっただろう…とか、いろいろ考えさせられる。
さて、
僕がいまでも不思議に思っているのは、
ばあちゃんが呟くように言ったあの言葉だ。
「病気の息子に魚の煮付けを持たせるとその息子はもう助からないんだ。馬鹿なことをしたもんだ…持たせるんじゃなかった…」
という。
そういう言い伝えでもあるんだろうか?と思っていた。
ばあちゃんにもこのことを聞かず仕舞いだった。
最近、これがふと気になって、
このことをネットで調べてみたのだが、
いろいろ検索ワードを変えてもみたりしたが、
これに関する情報も、類する情報もみつからなかった。
母親が病気の息子に魚の煮付けをもたせると助からない?
あれは何だったのだろうか?
でも僕は確かにばあちゃんからこの話を聞き、
同時に、諦めて悟ったような顔も見ているのだ。
ただ不思議だなとは思う。
どなたかそんな言い伝えみたいな話を聞いたことがある人は教えてほしい。😅
最後に、、、
その亡くなった叔父はかなり霊感のあった人で…
叔父の亡くなった後の僕の不思議体験について触れた記事もここに載せておくことにしよう。
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