我思う故に我あり
結局が、
僕がいなければこの世界は存在しない。
まぁ、あくまでも僕が中心にいて経験する世界の事だけど…
それでも、
すごいなぁと感じてしまう。
我思う故に我ありとは、
あらゆる存在は疑うことができるが、
そう考えている自己の存在だけは疑うことができないということ。
フランスの哲学者・デカルトの『方法序説』にある「私は考える。 だから私は存在する」という意味のことばから。(故事ことわざ辞典WEBより引用)
昔、参加した意識探求のワークショップで聞いた言葉。
ちょっとハッとした。
誰か忘れたけど、こう言った。
「そうかぁ、この世に存在する人間は俺だけなんだ…」
確かに存在しているって、
そう確信できるのは自分だけで、
他人の存在はその時々によってしか認識することができない。
本当の意味で存在を実感できるのは、
つまるところ自分自身だけだ。
で…
各々が思う世界を各々が経験している。
人の数だけ違った世界がある。
ということ。
あまりにも壮大で、
なんだか、
頭がくらくらする感覚に見舞われる😅
たまに繁華街なんかを歩いて、
その人の多さに、
思わず、
「おぉ、人ってこんなに存在するんだ!」
と、ヘンに驚くことがあるのだけど…
その感覚に似ている。
昔はあんまりそんなこと考えることなかったんだけどね…
人って歳とってくるとこんなこと考えがちになるのだろうか?

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結局が、
僕がいなければこの世界は存在しない。
まぁ、あくまでも僕が中心にいて経験する世界の事だけど…
それでも、
すごいなぁと感じてしまう。
我思う故に我ありとは、
あらゆる存在は疑うことができるが、
そう考えている自己の存在だけは疑うことができないということ。
フランスの哲学者・デカルトの『方法序説』にある「私は考える。 だから私は存在する」という意味のことばから。(故事ことわざ辞典WEBより引用)
昔、参加した意識探求のワークショップで聞いた言葉。
ちょっとハッとした。
誰か忘れたけど、こう言った。
「そうかぁ、この世に存在する人間は俺だけなんだ…」
確かに存在しているって、
そう確信できるのは自分だけで、
他人の存在はその時々によってしか認識することができない。
本当の意味で存在を実感できるのは、
つまるところ自分自身だけだ。
で…
各々が思う世界を各々が経験している。
人の数だけ違った世界がある。
ということ。
あまりにも壮大で、
なんだか、
頭がくらくらする感覚に見舞われる😅
たまに繁華街なんかを歩いて、
その人の多さに、
思わず、
「おぉ、人ってこんなに存在するんだ!」
と、ヘンに驚くことがあるのだけど…
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コメント
コメント一覧 (2)
あなたには論理的思考の方が似合っている気がします。
ひでぴん
が
しました