今日は、
僕のブログの過去記事を再掲してみたいと思う。
2006年のこと、
「ばあちゃんの記憶とその断片」
と題して5話に分けて書いたもの。

どうしてか、さっき急に思い立って、このブログの過去記事を見はじめた僕。
するとこの記事が目にとまって。

ばあちゃんはなんかこう、
悟ったような雰囲氣を持っていた人だった。
当時は誰もがそうだったのかも知れないが戦争中には想像を絶する辛い経験をし、
さらに可愛い盛りの幼子を3人も亡くした。
晩年も息子に先立たれ…と。
まだまだ他にもあるが、
自分の身内ながら、数奇な運命を背負った人なのだと…
また、現実を静かに受け容れる姿勢はすごいなぁと何度も思ったことがある。
ばぁちゃん子だった僕は、幼いときからばあちゃんに色々な話を聞かせてもらった。

それでは、
ばあちゃんの記憶とその断片(1〜5)を。


2006年11月07日 17:22
ばあちゃんの記憶とその断片(1)

前々から文書に残しておきたいなぁと思っていたことがある。
それは僕のばあちゃんから聞いた話のいくつかだ。
せっかくなのでこのブログに残しておこうかと思うのだ。

明治生まれのばあちゃんが亡くなったのは、僕が大学を卒業する前の年だった。
もうあれから18年が経とうとしている。名前は「てる」
てるばあちゃんとのこと思い起こすとき、不思議な話のいくつかが思い起こされる。

今日はその一つを。

ばあちゃんが結婚前の若かりし頃、今は東京都文京区音羽。
友人と二人で夕刻の道を歩いていたときのこと。
周りには屋敷なもんだが、お寺なのか…
長く塀の続くところを話をしながら行くと、青い光を放つ大きな玉がゆらゆらとやってきたのだそうだ。(人の頭ほどの大きさがあったということだからけっこうな大きさだ。)
塀の上辺りをゆらゆらふわふわ。
ばあちゃんは心の中で「人魂(ひとだま)だ!」と思ったそうだ。
すると一緒にいた友人がこう言ったのだそうだ。
「あら気持ち悪い。私、こんなもの見たら死んでしまうかもしれない!」と。
「そんなこと言うものじゃありませんよ。」とばあちゃんは言ったそうだが、心中では「なんでこの人はそんなことを言うのだろう?」と不思議に思っていたという。

そんな経験をした数日後にその友人の死の知らせを聞いたのだそうだ。
そのときに人魂を一緒に見たときのことを思いだしゾッとしたという。

ばあちゃんは、この話をするときにこう言っていた。
「あの時に人魂を見た友人が『私、こんなもの見たら死んでしまうかもしれない』って思ったのは心のどこかで自分の死期を知っていたのかもしれないね。」
「なにかの知らせだったんだろうね。」って。

人は同じ場所で同じものを一緒に見ても、そこに感じることやその意味は人によりまちまちなのだ。
同じ「人魂」を見るという現実でも、シグナルとしての意味が人によって違うのだ。

ばあちゃんの記憶とその断片(2)につづく。


2006年11月08日 13:18
ばあちゃんの記憶とその断片(2)

てるばあちゃんが子供の頃の話だ。
幼い頃は山形で過ごしたばあちゃん。

夏には恒例になっていた肝試し大会があったのだ。
ルールはこういうものだった。
夜のお寺の敷地内に、自分の名前を書いた杭(くい)をもっていき、ある場所まで行って、そこにある木槌でその杭を打ち付けてくるのだ。
そうすればちゃんと一人でその場所まで行ったことの証明になるわけだ。
当時は明かりもない闇だったろうに。さぞかし怖かったろう。
ましてや子供だもの。本当の意味での肝試しだ。

ばあちゃんは結局その場までは行ったものの肝試しはやらなかったのだそうだ。
なぜかというと…

何番目かのスタートの一人の男の子が、杭を持って出ていった。
が…しかし…
いくら待てども帰ってこないのだ。
「どうしたんだろうね?」と周りが心配に思いざわついてきたところ。
大人数人で男の子を探しに行った。

するとそこには…

杭を打つ場所でその男の子が倒れていたのだった。
そして息絶えていたという。

ここまで読むと心霊的な怖い話を想像するかもしれないが…

男の子を抱き起こそうとすると、男の子のゆかたの裾が杭で打ち付けられていたのだった。
暗い場所で恐怖におびえながら必死に杭を打ち付けたのだろう。
そのときには暗さゆえ、気づかずに自分のゆかたの裾の上から打ち付けちゃったんだね。
さぁ急いで帰ろう!と立ち上がった瞬間、男の子は何者かに捕まれた感じになったのだろう。
ただでさえ恐怖の絶頂のときに、さらなるその恐怖は男の子にとって尋常ではない恐怖だったらしい。
そしてそのまま息絶えてしまったのだという。

ばあちゃんは後々こう言っていた。
「人っていうのはね、誰かに殺されるということでなく、事故にあうということだけでなく、自分の思いだけで死んでしまうこともあるんだよ。自分の思いが自分を殺すことだってあるんだよ。」って。

そのころは「へぇそうなんだぁ」なんて、何となく聞いていたのだけれど。
いま思うと「自分の思いが自分を殺す」というのはとても頷ける話なのだ。

いじめ問題が深刻化している今思うに…
「私は嫌われている」
こういう思いが「私は邪魔者だ」さらに「だからこの世からいなくなればいいのだ。」と。
そういう思いが自分を死に追いやってしまう。
現実如何に関わらず、結局のところ「自分の思いが自分を殺す」がなされているのだ。

ばあちゃんの記憶とその断片(3)につづく。



2006年11月09日 14:56
ばあちゃんの記憶とその断片(3)

てるばあちゃんが若かりし頃の話。

当時は子供を生むといえばみな自宅出産。
お産婆さんが取り上げる。いまのように資格があったかどうかは知らないけれど…
そして近所の奥さん達が総出でお手伝い。

産まれれば、みな近所の人たちが見に来たらしい。
そんな時にはみな喜びの笑顔を見せるのだ。

がしかし…
ある家に子供が生まれたことを知ったばあちゃんは、出かけようとしていた。
家をでるとすぐ、知り合いに会ったので「産まれたんですってね○○さんち」これからその家に行く旨伝えたのだそうだ。

すると、その知り合いが言った話はこうだったという。
「ひどく居心地の良くない雰囲気だったよ。」
と。さらに…
「赤ちゃん見ようと思って、行ってきたの。そしたら、その家の姑さんが暗い顔してお茶飲んでいて…」
「赤ちゃんは?」ときくと。
「あ、そこだよ」と指さした。そのさきにはカゴの中に入って布を被せられた赤ちゃんが。
そして「死んでるよ。」と言われたのだそうだ。
そこでその死んだ赤ちゃんを見てきたのだそうだ。
掛けられたその布の下の赤ちゃんを見て飛びあがったという。
なんと、一つ目小僧だったのだ。
さらにその知り合いはばあちゃんに言った。
「ほんとうに額の真ん中に大きな目が一つあってね…」
「見たかったら見てきてみなさいよ。」

そう言われたばあちゃんだが、行かずにそのまま家に引き返したのだそうだ。

その後の話だけど、赤ちゃんは生まれたあとも生きていたらしいが。
どうやら姑さんが…
この先は書かないけれど想像するとおりのことらしい。

そういう話が昔はとよくあったらしい。
いまは多くは病院出産だから、奇形出産は母親のショックを考えて適当な理由を付けて闇のなかにうやむやにしてしまうというようなことも聞いたことがある。

ばあちゃんの記憶とその断片(4)につづく。



2006年11月10日 11:59
ばあちゃんの記憶とその断片(4)

てるばあちゃんは明治生まれ。生きていれば今年100歳をゆうに超える歳だ。
そんなてるばあちゃんのさらにばあちゃんは名を「なか」といい、おそらくは江戸時代の生まれであったろうと推測できる。

このなかばあちゃん、なんと一度死んで生き返った人なのだ。
その時の話。

なかばあちゃんは、当時幼かったてるばあちゃんにこんな話をしていた。
あのな、あの世っていうのは本当にあるんだよ。
ばあちゃんが死んだとき、気がついたら真っ暗な場所にいたんだ。
足下はびしょびしょ濡れていて…
気持ち悪かったんだけど、どうしてだか体はすーっと滑るように動いていくんだ。そうしているうちに、本当に針の先で空けたかのような小さな光がみえたんだ。
その光を見つけた途端にどうしてもそこに向かいたくなって、そこを目指したんだ。
するとどんどんと身体がその光のほうに向かっていって…
吸い出されるように出たときには光の中にいたんだよ。
そのときは光に目が眩んですぐには見えなかったんだけど、一面の花畑があったんだ。
とてもきれいでねぇ…どれくらいそこで過ごしたか。

その花畑を進んでいくと、大きなそして未だかつて見たこともないようなとってもきれいな川があったんだよ。
その川をとにかく向こう岸に渡らなければいけないような気がしてね。
そして、その川の畔に立ったとき、大きな声で、それも聞き覚えのある声がしたんだよ。

「なかーっ、こっちに来ちゃなんねー」「おめぇはまだきちゃなんねー」「かえれー」という声でね。

見ると、なかばあちゃんのお母さんが川の対岸にいて、
大声で自分に言っていたのだという。
それも、なかばあちゃんのお母さんの亡くなったときに棺桶の中に入れた羽織を手に持ち、
それを上下に振っているのを見たのだ。
そして「ブワッブワッ」と音までしていたという。
「どこに帰ればいいんだろうか?」と思った瞬間に、この世に戻ったのだった。

つまりこうしてあの世の入り口から生き返ったのだった。

こういう話、ほかにも聞いたことがあるんじゃないかと思うが、内容がみな共通しているだけに僕は、人は本当にそういう経験をしてあの世というところに旅立つのではないかと思っている。

さて、この生き返りの話の何年後なのか十数年後なのか定かではないが…
このなかばあちゃんの本当の死の時の話。

なかばあちゃんは風邪から体調が思わしくなく、二日ばかり布団に伏してしていたそうだ。
息子が様子をうかがいにばあちゃんに声をかけた。
「なにか必要なものはあるかい?」と。
すると、なかばあちゃんは「ご飯も食べたし要るものはないんだけど。」
「ほう、じゃ何かほかに?」

「んー、私はこれから死にますから、お剃刀であたまを剃(す)っておくれよ。」
(当時の風習?なのか、亡くなった後に加味を全て剃ってしまうのだそうで…意図としては、これから死ぬのに予め剃っておこうと思ったんでしょうね。)

「えっ!なにを言うの。」「母さん変なこと言わないでよぉ。できないよ。」
と言ったものの、なかばあちゃんは言い張ってきかなかったという。

息子は渋々、なかばあちゃんの言いつけのとおり、剃刀で頭をきれいに剃ってあげたのだそうだ。

「ありがとうよ。」
「じゃ、ちょっと起きたいから腕を貸しておくれよ。」となかばあちゃんは息子に頼んだ。

「はいよっ」と腕を貸し、なかばあちゃんを起こそうと思った瞬間、ばあちゃんの全身の力が抜けて倒れてしまったのだった。

これがなかばあちゃんの、本当の最期の時だったという。

ぼくのばあちゃんである、てるばあちゃんは「私のおばあさんは『これから死にますから』といって死んだ人なんだよ。」といってこの話をしてくれていたっけ。
子供の頃に聞いた死んだ後の世界。
「花畑に川(三途の川)か…」ってね。いまでも鮮明に記憶に残っている。

ばあちゃんの記憶とその断片(5)につづく。


2006年11月11日 11:11
ばあちゃんの記憶とその断片(5)

涙を流す観音様

ばあちゃんが幼き頃。
山形の旧家で育ったばあちゃん、家の中には由緒ある品々がたくさんあったのだそうだ。
ところでそのばあちゃんの育った旧家というのは武家三浦家の末裔なのだそうだ。
(僕自身は歴史に詳しくないのだがばあちゃんがいうには…)
鎌倉を追われ、山形にたどりつき、そこで豪農として根を据えたのだそうだ。

ばあちゃんの育った家には立派で大きな仏壇があったそうだ。
そこには古い観音像があって、いつも話しかけていたという。
「泣かないでね」って。

ん?と思うだろう。

その観音様は、ばあちゃんが正面に向けてやるのに、いつしか気づくと、いつも同じ斜めの方向を向いているのだというのだ。
そして、ちょうど目の辺りから二筋の濡れた線ができているというのだ。
黒い観音像だったので濡れるとその黒味が際だち一目でわかるのだそうだ。

そのことを大人に言うと。
「この観音様はね、鎌倉に帰りたいんだよ。だからこうしていつもね、鎌倉のほうを向いては懐かしんで涙を流しているんだよ。」
「この観音様が向いているのは鎌倉の方角なんだよ。」と教えてくれたそうだ。

だからばあちゃんは、子供ながらにその観音様の気持ちを思うと気の毒だったと。
そして可哀想だなぁと思いながら、いつも涙を拭いてあげていたということなのだ。

ばあちゃんの記憶その断片、(5)でひとまずひとくくり。
また思い出したら「ばあちゃんの記憶とその断片(6)」を書いてみたい。
なぜか数ヶ月前からこれらの話を文書に残したいなぁという気持ちになって書き連ねてきたのだ。

なにか意味があるのかなぁ…

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と、ここまでが
ばあちゃんの記憶とその断片
思い立って
再掲してみた。



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