日本、いや世界の貧困を無くす。
これは…やろうと思えばできることじゃないか。

個人資産が何兆もの大金持ちがいる一方で、日々の食べ物にさえ困って飢えている人々がいる。
こんなことを言おうものなら、、、
資産が何兆になるまでにその人は努力したんでしょ、だから金持ちでいて何が悪い?
なんていう人もいるだろうな。

僕も一瞬、
金持ちはそこまで資産を持てるまで努力をした結果なのだろうし、その努力に対する報いを受け取ってもそれはいいだろうって。
思った。

でもさ、
もうこういう考え方自体が搾取されるピラミッド型社会にどっぷりはまり込んでしまい自分が奴隷階級にいることに氣づけないでいるそのものでしょ。

自分がこの世界を動かす者だとしたら…
人々の幸福や平安ということを主眼に置いて考えたとしたら、

有り余る富を個人が保持し続けるなんて、おかしな事で看過できない。
この理不尽なほどの格差は放置しておくべきではないのだと思う。

世のため人のためにその有り余る富の一部でも
自発的に与えてほしいもの。
それが人として在るべき姿なのではないかと思うのだ。

人々から搾取して得た金で億万長者になったやつで、富を蓄え続けてるヤツなんて、守銭奴、人でなしなんだよ。
精神性の低い冷酷人間なんだよ。

貧困にあえぐ人々をメディアなどで観ていないなんてことはないはず。

見て見ぬふり
または貧困にあえぐ様をあざ笑っているのか

できない人が出来ない事をやろうとしても出来ない事とはワケが違うのだ。
やろうと思えばできる人があえてやらない。。。

そういう人を世の人々はもっとおおっぴらに突いていいのだと思う。


国家予算規模の経済力を個人で持っているやつが何もしないというのはさすがにおかしくないか?

ましてや、多くの民を人々を人とも思わない虫けら同然に削減の対象とする観方をしたり、さらに民を奴隷化させるようなことをするためにその金を使おうとしているヤツなんて悪魔そのもの。

残念ながら、その悪魔を悪魔たらしめさせているのは我々の無知と気概の無さでもある。


おかしな事にはおかしいという勇気。
おかしなことを言うヤツに従わない気概。つまり不服従。
怒りや悲しみの感情に乗じて動かない冷静さ。


僕らに必要なのはこういうことだ。
他人を直接変えることはできない、その代わり自分を変える。
意識を変える。
これはやろうと思えば今すぐからだってできること。