所有の概念って、
実は苦しみや不和を作り出す元凶なんじゃないか?と。。。

もうずいぶん昔のことだが、所有の概念の無い未開の部族に取材班が入ったドキュメンタリー番組を観たことがある。

その部族ではみんなで分け合うことが当たり前なので「自分のもの」なんていう考えそのものが無い。
道具だって必要な人が必要な時に、また自分が必要な時に誰かが使っていれば使えるようになるのを待って使用する。
平和であり、みんなが助け合って生きている。

そこに我々自称進んだ文明を持ったものが彼らに所有の概念を植え付けた。
途端にものを取り合い暴力事件が起きる。

人は何かを所有したと認識した時から、誰かに奪われるかもしれない恐怖や、疑心などを創り出す。


本当の意味の所有なんてないのかもしれないのに、僕らは勝手に決めごとをしている。

これ俺のもの!って言い張っているわけだ。
俺のものだから、俺以外のものではない。
これが欲しければ相応の対価を求める。
価値という概念を創り出す。欲しい人が多ければ価値が上がるわけね。
そこに優劣が生まれ…
持てる者と持たざる者、富める者と貧しい者。
貧困、飢餓…
思考を巡らせてみればどんどん広がって、おそらくかなりの確率でネガティブな世界になりゆくことは想像できる。


思うに、地球からしてみれば…
地球上で生まれたものは母なる地球のものであり、地球はそれをみんなで分け合って暮らしてほしいと願っているはずなのになぁ。

こうして一度根付いた所有の概念って…
全人類的にリセットしない限り、終わる事はないだろう。


来たる地球規模の大変革。
地球が本来望んだ姿に変わって行くのだろう。
きっとその時にはこういった所有の概念もリセットされるんだろうな。

なんて考えている。


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