あなたは自分自身にどれだけ寛容ですか?

これは自分に甘いという意味ではなく…

僕は気付いてしまった。
僕は自分自身に不寛容で、また手厳しく、そして無慈悲でいたということに。

僕は一日のうちでも特に怒りの感情を持つことが多い。
そして焦りの感情も多いかな。

つい昨日のことなのだけど、車を運転していて気がついたこと。
買い物の帰り道片側2車線の道を直進していて、この先の国道を右折して家に帰るのだが、側道に入りちょっとした信号の待ち時間を待つのだ。この側道に入るところがちょっとした渋滞ポイントなのだ。だからあらかじめ左車線に入ってスムーズに側道に入れるように準備をしておく。だけど側道付近になってくるとそこに入ろうと右側車線を走行する車が割と無理やりに左車線に割り込んでこようとする。僕はこれがすごくむかつく!「俺はそういうのを見越して初めに左車線に入ってるんだよ!」「こんな間際になって入ってくるのはきたねーぞ💢」と憤慨する。こちらも何とかはいられないように前の車との車間距離を詰める。
そして入られないようにと緊張しながらまた焦りながら前の車との車間距離を詰めるのだ。

第三者的にあらためて見てみれば、馬鹿げた話。
なんて心が狭くてけつの穴の小さいやつなんだ!
と思うのだけど…
実際のその時にはプライドなんだか意地なんだか、そうしたくてしてるわけだな。

全然楽しくない。

そして国道に入ってからもこんなこともあった。
僕は左車線を走っていたのだが、前の車がとても遅かった。追い抜けるタイミングあったのだが、前方が若干詰まっていたので迷った末にやめた。
だけど右車線の後方から結構なスピードで飛ばしてきた車に、要領よくササァっと前の車両の前に入られた。
もうまたこれで面白くないのだ。

今度は自分に怒りの矛先を向ける。

「なんでさっき抜けるタイミング躊躇して抜かなかったんだよ💢」
こうやって不機嫌になったら、容赦ない。
「ったくよぉ💢」と自分自身に舌打ちしながら…
ねちねち。

とても嫌な気分だ。

やっている事は、他の誰でもない自分が、自分自身に行っていることなのだ。

今までは感情に支配されてしまって、俯瞰して見ることなどできなかったのだが、この心の動きの有様を自分自身で見て結構愕然とした。

なにやってるんだ…俺…

こりゃ疲れるわけだ。

こうもいつもいつも自分を攻撃して、徹底的に痛めつける。
自分自身にする八つ当たりだな。
こうやって日々自分を痛めつけていたのだ。

なんか自分自身がかわいそうになってきた。

こうして、初めて、自分が自分にする攻撃を認識したのだった。
まったくもって愛のない仕打ちだ。

最近の俺、けっこう健気に頑張ってるぜ。
もうちょっと肯定的に、認めてあげようか。
たまには褒めてあげたっていいし…


そして鍵になることにふと気がついてしまった。
神の一部である自分を愛するどころか、愛のない仕打ちをずっと続けてきたのだ。
こんなことしてて幸福感など生まれてくるわけもない。
ということに。

でもよかったよ。これに気がついて。
何かの突破口になれるかな。